現在位置:asahi.com>教育>小中学校>教科SHOW> 記事 中学校の歴史 平じょう京? 平ぜい京?2007年12月20日 奈良の都「平城京」に、「へいじょうきょう」と「へいぜいきょう」の二つの読み仮名をふった中学歴史の教科書がある。「じょう」が一般的だが、「ぜい」と読まれることがあり、同社は93年からこの表記を加えたという。実際はどう呼ばれていたのだろう。 平城京の遺跡は、奈良市と奈良県大和郡山市にまたがる。710〜784年まで律令政治の中心地だった。奈良文化財研究所史料研究室の渡辺晃宏室長によると、木簡など当時の史料では、ほとんどが平城ではなく奈良の字が当てられ、諾楽、寧楽とも書かれた。 渡辺さんは「続日本紀(しょくにほんぎ)など正式には平城と書き『なら』と読んだが、平城の表記は一般的でなかったのでは」という。「なら」は平らな地形や平らにする意味の「ならす」に由来。平城の文字は中国・南北朝時代、4世紀にできた北朝・北魏の都の名を取った可能性がある。 「平城」の表記と「へいぜい」の読みは平城(へいぜい)天皇(在位806〜809年)の登場によって、定着していったらしい。 漢字の読み方は、呉音(ごおん)が初めに伝わり、後に漢音(かんおん)が入った。「へいぜい」は漢音だが、「へいじょう」は「じょう」が呉音。この時代は漢音と呉音を交ぜて読むことはなかったことを考えると、平城の読み方は「なら」から「へいぜい」へ、さらに「へいじょう」へ変化した、ということか。 教科SHOW バックナンバー
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