汝(な)が母に 嘖(こ)られ吾(あ)は行く
青雲(あおくも)の いで来(こ)吾妹子(わぎもこ) あひ見て行かむ
巻十四の三五一九番、作者不明
お前のお母さんに叱(しか)られて、私はすごすご引き返す。自由に空に遊ぶ青雲のように出て来い。吾妹子よ。一目会って帰ろう
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滑稽(こっけい)な歌ですね。男はずいぶん弱気です。恋人の家に出かけたのですが、娘のお母さんからきびしく拒否され、家に入れてもらえませんでした。
娘のお母さんはいつも監視人で、娘もままならないし、男にとっても大敵です。
なにしろ「足乳(たらち)ね」の母です。愛情いっぱいに娘の幸福を願っているのです。
それなら男はお母さんの信頼を得ればいい。だから及び腰の男ではとてもだめです。
それにしても娘に、青雲のように飛び出してくれとはどういう心境でしょう。青雲とは空の青色とまぎれるほどの雲のこと。遠い空にあるかないかわからないような雲のことですから、これまたたよりない。なにしろスゴスゴ男なのですから万事、不甲斐(ふがい)ない。
もっともこれは宴会などの座興の歌でしょうから、あえてダメ男ぶりを発揮すると喝采を博しました。みんな楽しい集団でした。
(奈良県立万葉文化館名誉館長・中西進)