2008年5月19日
学校選びは恋人捜しだ、という言説がある。(鳥居りんこ著『偏差値30からの中学受験』学研刊)。仮にその言説が入学後は学校が夫であるという結婚そのものの暗喩を含んでいるのだとすれば、なるほどと思い当たることが多い。
「自分たちの意思のみに基づいて、愛情のみによって結ばれる結婚が増えた」(『家族の経済学』橘木俊詔、木村匡子著、NTT出版刊)という、その今日の結婚を仮に恋愛至上型結婚観というとすれば、そのように学校もまた捉えられているということだろう。
少しこの結婚観についてみる。
先の両氏の本に拠れば、恋愛至上主義に加えて、女性の社会進出が進み、男女間賃金格差が縮小したことにより妻の離婚後の生活も以前よりはるかに営み易くなった。かくして夫婦関係がショックに対して脆弱になった、としている。つまり愛情が冷めれば何らかのショックで破綻をきたしやすいということになる。
実際、同書に拠れば1997―2002年に離婚件数が急勾配を描いて増加しており、この時期は我が国が大不況に突入し、失業率が急上昇した。離婚率と失業率は正の相関にあることが見事に図示されている。
俗に言うカネの切れ目が縁の切れ目ということだろうが、同書曰く「このような結果をうけて、失業は離婚確率に大きな影響を与えるが、それは稼得能力を引き下げるからではなく、解雇されたという事実が結婚相手としての適性に関する負のシグナルになるのではないか、という指摘がなされている」そうだ。
こういうところを世間では男子の甲斐性と言い習わしてきたように思うけれども、目を学校に転じてみればこのような結婚観―学校観をもつ保護者が増えれば、学校の甲斐性とでもいうべきものが以前にも増して求められそうな気配である。
自らを振り返ってみると、仕事柄これまで実に多くのご夫婦とお会いしてきたためか現代のこの風潮とはいささか異なる結婚観をもっている。それはいわば相互扶助型結婚観ともいうべきもので先様に失礼ではあるが「破鍋に綴蓋」の妙である。
この結婚観は「性格」もさることながら「事情」の要因を重くみる。従って学校選びにもこの観念は作用して、わが子我が家の事情を汲み、足らざるはお互いに工夫しようということになる。しかし現実は、朝日新聞Be on Sundayの5月18日付「あっとデータ」によれば再婚再々婚が婚姻の4分の1を超えたという。相互扶助型結婚観は「男子の」甲斐性とともに消えかかっているのかもしれない。
東京都内で森上教育研究所を主宰する。中学受験や中高一貫教育、学習塾の問題に詳しい。著書に『中学受験図鑑』『入りやすくてお得な学校』(いずれもダイヤモンド社刊)など。