2008年8月25日
以下は14、15歳以上に多い親子の悶着の話である。親はわが子がいつまでも10歳、11歳の頃のように学習に介入したい。とりわけ受験を前にわが子が時間を空費しているのではないかという恐ろしい想いに取り付かれがちになるものだ。
確かに刻一刻と入試に近づくのは時計の針ばかりで、わが子の点数の方は合格の水準までに近づかない。もしくは近づき方が足りない。
うっかり「大丈夫か」などというものなら取り返しがつかない。
「恐ろしい」というのは、こうした強迫観念にとりつかれると口に出すまい、としても目がモノを言ってしまう。するとその目は何だということになる。これを構えて押さえようと悶々とする。これがまたいけない。ただならぬ気配が身近に漂う。居るだけで子どもを刺激するという相当に高度な、いや厄介な状態だ。
このように相手が14、15歳以上だと、ともすれば関係は剣呑なことになる。ところが小学生の場合はそこまでの自己表出がないからかえってこのデスパレートな学習意欲の水位の低さがよく見えないことがある。ただ、心の中で起こっていることは12歳くらいであれば多かれ少なかれ同じことである。これか小6の秋に起きやすい。
人はやらされている、と思うと心は楽しまない。心理学でいう「指し手感覚」であって、つまり主体的、能動的、自発的であると思えば心がはずむものである。
だから常に社長は溌剌(はつらつ)としているが、副社長・専務は気分がブルーなのだ、と解説してくださった某社専務さんのブラックジョークが耳に残っている。
ご家庭でいえば社長は概して母親であるが、さしずめ副社長・専務格の父親はこと受験に関しては任に耐えないと目されていることが多く、もしくは評論のできる会長職に回りたがり、社員たる子どもは、中間管理職抜きで社長の重圧を一身に浴びることになりかねない。これが父母の役回りが逆の場合なら、さらに息苦しい。
勿論、相手は小学生だから親の介入で押し切ることができるし、実際多くの親がとる選択でもある。ただ、私などは押してだめなら引いてみな、という手法をおすすめしたい。 肝心な点はお子様の自尊感情を重くみることと、何よりお子様の成功を最後まであきらめないことだ。
東京都内で森上教育研究所を主宰する。中学受験や中高一貫教育、学習塾の問題に詳しい。著書に『中学受験図鑑』『入りやすくてお得な学校』(いずれもダイヤモンド社刊)など。
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