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懸壷済世(けんこさいせい)

2008年12月16日

  • 日能研教務部:真藤啓

 算数が好きになるには、課題に没頭する瞬間が必要なようです。『算法少女』という小説で、算数が趣味の貧乏な町医者が「私にとって算数は壷中(こちゅう)の天だ」と言いました。いまいう「壷中天地(壷中の天)」という言葉はもともとは、「壷中天地」と「懸壷済世(医者になって世を救う)」という二つの故事が混ぜ合わさったものです。ここでは「縣壷済世」の冒頭をご紹介します。

    ◇

 医聖(聖人のような医者)の張仲景(ちょうちゅうけい)は、後漢の晩期の河南省南陽地域の人です。彼はおさないころからとても学習が好きでした。彼のおじさんの一人は医者でした。彼はおじさんの身の回りを助けて、医薬に対して小さいときから目や耳から覚えて、相当な基礎知識がついていました。そうして、おじさんがすべてを彼に伝授していました。

 ある時、大変年をとっていて、体がとても弱い、便秘の患者が来ました。どのようにしたらよいでしょうか。

 大変年をとっている人の場合、下剤を服のんで、うんこを下痢させたのでは、その人は危険な状態になります。彼のおじさんは苦慮しました。張仲景は蜂蜜を炒めます。

 蜂蜜はどんなふうに炒めたらよいでしょう。

 蜂蜜を精錬し終わって、鍋を反転させたとき、もしすべて鍋から落ちてしまうようでは精錬になっていません。かといって、落ちないで全てが鍋の中で粘っているようでもだめです。一定のとろ火を使います。鍋に粘らないように、攪拌(かくはん)しなければならなりません。言うのはとても簡単ですが、うまく操作するのはとても困難です。張仲景はゆっくりと操作して、きちんと作った後、囲いをして、あたたかく老人の肛門の中に押し込みます。そんなに押し込まなくても、人はとても心地良くうんこが出てきます。これは、柔らかくてあたたかくて、完全に純粋な天然のものなので人にやさしいのです。漢方医はよい手間をかけただけうまくできるということを大事にします。これは無限の愛を必要とします。いらいらしているとき炒めるときっと失敗します。また、自信のない人がやれば、同じく成功することはできません。なぜなら、あの人ができるように私もできるだろうかと心配するため、焦ってタイミングを外すのでうまくできないのです。

 これはさほど難しいことではありませんが、しかし張仲景はそのときやっと十七歳でおじさん以上になったのです。出藍(しゅつらん)の誉(ほま)れです。

 やがて、彼は、孝行清廉(せいれん)な人柄をかわれ、長沙の太守(県知事)に推挙されました。

 しかし、当代の知識人は古典籍を読んで医学を分かったつもりになっていました。そして、一日中、給料が上がるように権勢者に取り入ることばかりにあくせくしていました。その一方、病を治すことを大事にせず、病気にかかったときは、お祈りをしたり、やぶ医者の手にゆだねるという具合でしたのでとても心を痛めました。また、彼の親戚は一時は二百数人いました。しかし、ここ十数年間で、三分の二が死んでしまいました。その十人のうち、七、八はチフスが死因でした。親戚の人ががっかりして嘆なげいているのを見ても、救護する能力がなかったので、彼は官を捨て医学を学ぶことを決意しました。

 「上君の突然の病を治し、貧しい人の貧しいことからくる病を治し、普通の人の命が助かって養生させる」ということができるような完璧な医術を身につけたいと思いました。この続きまだまだあります。

 「学問の面白さ」、「学問の仕方」、「算数が好きになるということ」を気付かせてくれます。

    ◇

記事提供:『学校選択』 全国中学入試センター

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