鍵盤ハーモニカの合奏。長岡先生は小学生ビッグバンドの指導者でもある=東京都千代田区、郭允撮影
2年2組の音楽の授業は、出欠を取ることから始まった。
一人ひとりと目を合わせながら名前を呼ぶ。多くのクラスの子に音楽を教える長岡先生(61)が、子どもたちとの距離を縮めるため、長年続けている方法だ。
「では、足を開いてください」
足場を固めたら、両手を頭の上で組んで左右に、肩を上下、首を回転……。体操で上半身の脱力。
「はい、手を耳の前にあてて」
アー、エー、オー
ピアノに合わせ、テンポを上げ
アエオ、アエオ……
口を大きく開けて母音を出すと耳の前のアゴの関節部分がへこむ。そこに指を当てて発声し、口が開いているか確認する。
「はい、次は三三七拍子と神田の一本締め!」
おなかに手を当て腹式呼吸。
シュシュシュ、シュシュシュ、シュシュシュッシュ……
次はマ行であごを開く訓練。先生自ら、耳の前に手をあて……
「口を開いてせーのー、マ!」
「今度は目を開いて、メ!」
「顔中口にする感じで、モ!」
目まで見開いた先生のすごい顔に負けず、みんなもすごい顔。
マメモメマー……
ようやく歌。中学校で扱う合唱曲「夢の世界を」を小2で歌う。
「高音に向かっていく発声練習に最適な曲なんです」
先生は音楽の基本を毎時間、徹底して繰り返す。25年間中学で教えたが、年々、楽譜が読めない、笛は吹けない、歌えば地声、という新入生が増えてきた。一方で自分は、校内の役職の仕事に追われる。「何のために音楽教師になったのか」と悩み、50歳のとき小学校へ配転願。還暦を迎えた後も、非常勤として教壇に立つ。
ビリーブ、虫のこえ、山のポルカ……。指揮をしながら歌う子、体を揺らしてリズムをとる子。歌うのが楽しくて仕方ない様子だ。
「すばらしい。3年生みたいにいい声になってきたよ」
続いて、先生が弾いたピアノの音をドレミで歌う「聴音」。
ソソファミファ、ドレミファソーラファ……
これを続けていると、3年生になるころには聞いた音を楽譜に落とせるようになるという。
「耳はいいね。次は目の練習」
黒板の五線譜のドからソまでの音符を何度も読ませる。次はドリル、鍵盤ハーモニカ……。
飽きさせないよう次々変える。
先生は高校生になるまで楽器を習っていなかった。高校の時、ピアノが弾きたくなり、学校の音楽の先生に教えてもらいながら知人宅のピアノで練習した。これが音楽の道につながった。
「小学校や中学の先生がきちんと教えてくれたから、音楽を始めようと思った時に楽譜が読めた」
いまの2年生の教科書では、五線譜を教える必要がない。
「子どもの能力を侮っている気がします」
終業のあいさつの後、先生は音楽室の扉の前に立った。
「関所いくよ!」
列になった子どもたちに1枚ずつ、ドからソの音符カードを見せる。読めなければ列の後ろへ逆戻り。答えられるまで帰れない。
当てた子も外れた子も先生も、最後まで笑顔だった。(宮坂麻子)
ここから広告です
広告終わり