現在位置:asahi.com>教育>小中学校>天才の育て方> 記事 ものまね芸人コロッケのお母さん 滝川博子さん:3 会社はクビ2007年08月21日 コロッケが中3のとき、博子はホテルの生け花係として勤め始めた。婚礼などがあると、作る生け花が100を超えることもあった。帰宅は夜11時ごろ。日をまたぐことも少なくなかった。 「広志君(コロッケ)に『おうちにおられんとね』と言われ、『ごはん食べんといかんけんね』と答えました。子どもたちと一緒にいたかったのですが、姉と2人を高校に行かせるには、仕方なかったんです」 * 芸能界にあこがれるコロッケは、レコードや服を欲しがったが小遣いはない。中2から新聞配達を始めた。朝3時には家を出る厳しいアルバイトだったが、雪が降っても休まずに勤め上げた。 中3になると、ヌンチャクを振り回すブルース・リーや、マイクスタンドを持って絶唱する西城秀樹など、ものまねのレパートリーも増え、人気者になった。 工業高校に進学。2年のとき、悪友と2人で近所のスナックに遊びにいったことが、コロッケの人生を変える。 ステージに上がり、「カサブランカダンディー」の沢田研二のものまねをしたらママや客に大受け。飲み代が無料になった。これに味をしめ3日に1回は通うようになる。客はチップをくれた。評判になり、繁華街のパブなどからも「出演依頼」がくるようになった。 「夜そんなところに行っているなんて、全然気が付かなかったです。高校3年の予餞会(よせんかい)では、送られる側なのにものまねステージをして、大受けだったとは聞いていましたが……」 * 高校卒業後、コロッケはデザイン会社に勤める。博子の望み通り堅い職業についたのだが、会社より「夜の仕事」の方が給料が多いし面白い。明け方までスナックやパブでものまねして、仕事中は居眠り。結局3カ月でクビを言い渡され、パブが「本業」になる。 博子も何度か見に行った。 「ものまねは面白かったです。でも、オカマみたいな化粧で、ひざまずいてお酌……。男の仕事とは思えませんでした。何度かやめてと言ったけど、いつか芸能人になるんだ、と聞きませんでした」 芸能人で成功するのは一握り。絶対に無理だと思っていた。(敬称略) 天才の育て方 バックナンバー |
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