「子どもを枠にはめたらあかん。子育てを計算ずくでしたらあかん」
佐渡家の子育ての基本理念だ。
裕は、一つの遊びにとことん集中する子だった。
幼稚園の砂場で日が暮れても1人で城を作る。音が出るのを不思議がりハーモニカを分解する。ブロックとものさしで塔を作り、ビー玉を飛ばし続ける。小学生になっても机には向かわなかった。うちでは一日中、縦笛を吹いていた。
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3年生の時、学校から呼ばれた。
先生が「始めましょう」というと、裕が教壇に立って指揮を始める。「タイコっ」「シンバルっ」。裕のかけ声で、担当の子が楽器をたたく。裕が勝手に作った「音楽クラブ」なのだという。
教師経験もあるつた子は、教師づらして学校に出入りするのはよくないと、それまで参観日にも行かなかった。だから担任が、わざわざ招いてくれたのだ。
「ゆうちゃん、あんなんいつの間に練習したん?」
「休み時間に花壇の前でやったんや」
担任は、違う「調」で伴奏しても、本来の調で歌える裕の才能に気づき、京都市少年合唱団への入団を勧めてくれた。
5年生になると、裕が言った。
「ぼくタクシーに乗らんでもええし、レストランにも行かんでもええから、もっとたくさん音楽会に行きたいんや」
つた子はその日から、裕が予約したチケット代はすべて払い、1人で演奏会に行かせた。京都市交響楽団の定期会員にもなり、様々な演奏会に通い始めた。
その楽しみ方は半端じゃない。まずリハーサルを聴く。本番後は楽屋へ走り、出演者に感想を言い、サインを求める。帰宅すると一目散に2階に駆け上がり、感動を日記につづり、次は台所に下りて、つた子の手を握り「お母さん、こういう感性を育ててくれて感謝します」。感動を素直に言葉にした。
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裕は6年生のある日、担任にフルートを吹かせてもらった感動を、つた子に興奮して話した。
数日後、つた子はフルートを買って裕の机においてやった。
「子どもの才能はどこにあるかわからへんから」(敬称略)