情熱的な指揮は師匠のレナード・バーンスタイン譲り(05年、吉村純氏撮影)
「サドラー」という人たちがいる。裕の演奏会を渡り歩くファンだ。
身長187センチの普通のおじさん。だが人々を魅了するハートが、裕にはある。
つた子はいう。
「あの子はいつも、人に恵まれる」
有名芸大出身でもなく著名指揮者に学んだわけでもない。小澤征爾とバーンスタインは「雑種」のよさを見いだした。
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1987年のタングルウッド音楽祭の半年後、つた子と夫の基治は、行きつけのたこ焼き屋に連れていかれた。
「2年間だけ留学したいんや。どうしてもバーンスタインの下で勉強したい。お金貸してくれへん?」
「いつかそう言うやろうと思うてた」という夫に続き、つた子が言った。
「ヘソクリためてある。行っといで」
それから1年半。2人が夕方、自宅に戻ると、玄関先に記者たちがいた。何があったのかさっぱりわからない。
世界の指揮者の登竜門「ブザンソン国際指揮者コンクール」で裕が優勝し、その感想を聞きに来ていたのだった。
どんどん突き進み育っていく息子。だが一度だけ弱音を吐いたことがある。
「どないしよう。指揮者の講習に行ったら全然違うねん。必死にグライダーを組み立てたのに、説明書の組み立て方は全く違っていたって感じやな」
裕の指揮は、時に「我流」だと批判を受けていた。だが、つた子は言う。
「周りへの感謝の心さえ忘れなければ、人に生かしてもらえる」
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パリのラムルー管弦楽団の首席指揮者になり、93年から3年で会員を4倍にした。芸術監督である兵庫県立芸術文化センターの佐渡の公演は完売。パリ管弦楽団も多数指揮し、世界の評価も高まる。
公演後は楽屋に来る子全員にサインをする。子どもたち向けの「佐渡裕ヤング・ピープルズ・コンサート」、小中高校生の「スーパーキッズ・オーケストラ」と、次世代への尽力は惜しまない。
そんな息子を、つた子は叱咤(しった)する。
「今があるのは周囲のお陰。恩返しはあんたの使命や」(敬称略)
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次回からレスリング選手の吉田沙保里さんです