午後7時。三重県一志町(現・津市)の吉田家に10人の子どもが集まった。「明日の沙保里」をめざす中学2年から3歳の男女で、4人は世代別の全国大会優勝経験者だ。柔軟、ブリッジ、前転など準備運動を30分。あとは練習終了の9時まで、ひたすらタックル、タックル、タックル……。沙保里の最大の武器の鋭いタックルはこうして鍛えられた。
夫・栄勝が1985年、沙保里の兄2人と始めた「一志ジュニア教室」。入門者が増えたため、89年に敷地内に道場を建てた。天井が低く、屋根と壁のすき間から外気が直接入る鉄骨組み。夏は暑く冬寒い。沙保里も高校卒業までここで練習した。2年前に建て直し、高い天井に大きな扇風機が回るきれいな建物に変わった。
「母屋の建て直しは後回し。我が家ではすべてレスリング優先なんです」
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一志ジュニア教室には月謝がない。幸代は専業主婦で、栄勝は三重県の職員。練習場の建築費300万円は借金で賄った。沙保里と次男が国際大会に出るようになると、公的補助がある次男でも遠征の負担は1回30万円ほど。これでさえ苦しいのに、五輪競技ではない女子には補助がなく、負担は1回50万円を超した。
生活は厳しかった。家族5人の食費は1日500円。幸代は余計なものは買わないように100円玉5枚だけを握りしめてスーパーに通った。
道場の南側の壁に吉田家の3人の子どもが獲得した金、銀、銅のメダルがところ狭しと並んでいる。その数300枚。
「北は青森から南は鹿児島まで夫が車を運転し、多い年は年間17大会に出場しました。家族旅行代わりでしたね」
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栄勝は沙保里がピアノを習いたがると「レスリングは強くならん」と却下。中学の部活動は体力をつけるため陸上部に入れた。3人の子をレスリング中心に育てることに不安や不満はなかったのか?
「我が家は健康第一ですから。息子たちは選手として大成しなかったけど、ちゃんと仕事している。長男とは同居、次男は道場を継ぐと言っています。スポーツの夢・世界一をめざし、本気で努力した人には、何でも乗り越えられる力がつくと思うのです」(敬称略)