世界レスリング女子55キロ級で優勝し、北京五輪行きを決めた(07年9月22日)
アテネ五輪(2004年)代表争い、55キロ級は沙保里と山本聖子のマッチレースだった。03年12月の全日本選手権と翌04年2月のクイーンズ杯、両方勝てば文句なしに代表。全日本選手権は延長までもつれた末、まずは沙保里が制した。
アテネがかかるクイーンズ杯1週間前、夫の栄勝は、投げ技の返し方を沙保里に実演してみせた。タイミングが難しく、実際に相手を返せる可能性は大きくないが、自信をつけさせたかった。
ところが大会前日、沙保里は減量中に熱中症になり39度の熱が出た。
「医者は欠場を勧めました。でも、夫は『勝てたらラッキー。負けても1勝1敗で決定戦になる』という。沙保里は結局、点滴を打って出場しました」
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初日を乗り切り、2日目は聖子との決勝。まだ37度5分の熱があった。
沙保里わずかにリードで迎えた終盤、聖子は逆転狙いの投げを打ってきた。沙保里は教えられた返し技を絶妙のタイミングで決め、アテネを勝ち取った。
吉田家にとってレスリングは、毎日の食事のようなものだった。しかし、その練習のため、沙保里は友だちと遊ぶ時間が制限された。高校時代までは何度も「やめたい」と幸代に漏らした。
「五輪行きを決めた後、初めて『レスリングやっててよかった。ありがとう』と言われました。本当にうれしかった」
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01年の全日本選手権で聖子に敗れたあと、6年余り続いた公式戦の連勝は今年1月、119で止まった。相手は大差で勝ったことのある米国選手。親子とも思ってもみなかった黒星だ。その日のうちに電話があった。泣きじゃくっていた。
「あなたに負けた選手たちも泣いたはず。この悔しさをバネにするといい、と言いました。おごりがあったのでしょう。これでそれを捨てられる。敗戦が、北京五輪本番でなくて幸運でした」
沙保里は現在25歳。30歳前には結婚して子どもを産んで欲しいと思う。
「でも、30歳になるのがロンドン五輪の年ですからねぇ。二つのことを同時に追えるタイプではないので、結婚は引退後でしょう」(敬称略)
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次回からソムリエ田崎真也さんです。