ワインブームが始まったのは1995年。田崎真也がこの年、ソムリエ世界一になったことも一つのきっかけになった。焼き魚や煮物などの和食にも合うと説いてワインの消費量を押し上げ、ソムリエという職業を一気に有名にした。
父・英時(つねゆき)はこう話す。
「どう育てたか、と聞かれても困ります。僕は何もしていません。真也は自分で育ったんです」
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福岡県出身の英時は55年、同郷の女性と結婚し上京。アルバイトで稼いだ金を元手に、新宿にほど近い店舗兼住宅を借り、パンや菓子を売った。58年3月に長男の真也、1年半後に長女が生まれた。
「小さいころの真也は弱虫でした。近所の子どもにいじめられ、泣いて帰って来ることが何度もあり、妹が怒って仕返しにいってました」
英時は店を見限って就職、大手電機販売会社に転職した。土日も仕事だったが、子どもたちとのふれあいは大事にした。会社の運動会には学校を休ませて一緒に参加。夏休みになると一家4人でキャンプに行った。銭湯の帰りに一杯やるときも子どもを連れていった。真也にとって、焼き鳥屋で舐(な)めたビールの泡が、最初のアルコール体験になった。
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真也が好きだったのは昆虫。9歳の誕生日に昆虫図鑑をプレゼントすると、毎日飽きずに眺め、あっという間に載っているすべての昆虫の名前を覚えた。ファーブルの昆虫記も愛読し、将来の夢は昆虫博士。本の知識だけで満足せず、トンボやバッタを捕まえては観察した。
「本で仕入れた知識は、実際に確かめないと気が済まない子でした。その性格は仕事をするようになっても変わらなかった。ソムリエで成功したのもこのためでしょう」
真也が4年生のとき、田崎家は神奈川県相模原市に引っ越す。現在のJR横浜線沿線の造成地。英時はバスと電車を乗り継ぎ、2時間かけて新宿まで通った。
相模原は当時、自然にあふれていた。真也は毎日、森を抜けて学校に通った。腐葉土、シダ、松ヤニ、キイチゴ、アケビ、杉、樫(かし)……ソムリエがワインを表現するとき使う、自然の香りに囲まれて育った。(敬称略)