英時(つねゆき)は真也が中学1年のとき妻と離婚、男手一つで子ども2人を育てることになった。朝5時半に起き、子ども2人の弁当を作った。砂糖としょうゆで煮込んだちくわ煮が得意。兄妹にとって、おふくろの味ならぬオヤジの味になった。子どもが熱を出しても会社は休めない。早朝、まだ開いていない診療所に無理を言って診てもらったこともある。
家が鮮魚店の友人ができたことをきっかけに、真也の興味は昆虫から魚へと移った。魚類図鑑を片っ端から覚え、友人の店でアルバイトもした。
「魚を三枚におろせるようになって、コイの洗いと煮物を作ってくれたことがありました。うまかったですよ」
磯釣りにも凝った。中学3年のとき、高校2年だとごまかして全日本磯釣(いそづり)連盟(入会資格は高校生以上)の会員になった。これ以降、学校の同級生以外には3歳上の年齢で通した。
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就職を考え、英時は真也に高等専門学校への進学を薦めた。真也は乗り気ではなかった。中学の担任に合格は難しいと言われ、逆にやる気になった。
入学後、当初は成績もよかった。が、夏休みにアルバイトのため伊豆七島の新島で1カ月過ごすと、すっかり遊び癖がついてしまう。友人の家に転がり込み、新学期になって学校に行かなかった。
真也は突然、船員になって世界を回りたい、学校を変わりたいと言い出した。英時が聞かないふりをすると、枕元で話し続けた。それが何日も続いた。
「そんなに言うのなら好きにしていい。その代わり次がダメでも、それ以上は面倒をみない、大人として扱う、と宣言しました」
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翌春、真也は上位の成績で静岡県の国立清水海員学校に入学。船舶関連の試験は常に満点だった。
それも夏まで。再び行った新島でガールフレンドができると、規則が厳しい全寮制の学校に我慢できなくなる。寮を脱走、上野をうろついていて補導された。
「警察に身柄を引き取りには行きましたが、私は何も言いませんでした。真也にとっては怒られる方が楽だったと思いますが、大人として扱う約束をしていましたからね」(敬称略)