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作家・川上未映子のおかあちゃん 利江さん:3 うまくいってもいかんでも運やから

2008年4月22日

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 どんな時も川上家に笑いは絶えない。

 「探検に行きます」。ある日、利江(54)が子どもたちにいった。すでに夜。バケツを持たされ向かった先は学校。水をくむという。実は料金未納で水道が止められていたのだ。

 「辛気くさいのは好かん」

    *

 未映子は、哲学的な半面、人一倍気が強く、目立ちたがり屋だった。

 幼稚園のお遊戯会。列の端の方で登場すると、隣の子を押し、だんだん中央のマイクの前に近づいてきて、ニッコリ笑う。先生がもとの場所に列を押し戻してもまた、じりじりと中央へ。セリフは誰よりも大きな声で言った。

 小学校低学年のころ、黙読ができなかった。声を出してしか読めない。でも、そんなことは親子とも気にしなかった。高学年は学級委員で、通知表は国語と美術は5、あとは4か3。参観日に母が来るか気にし、来ないと激怒した。おなかが痛いとうそをついて、たびたび母に学校まで迎えにきてもらったこともある。

 利江は、公文も習字も詩吟も、子どもがやりたいと言ったおけいこ事は、なんでもさせた。すぐにやめても「そやから、ゆうたやろー」と笑うだけ。「勉強しろ」とも決していわなかった。

 「うまくいってもいかんでも、それはその子の運やから」

    *

 中学生の未映子は夏休みや春休みに、年を偽って友だちと、近くの工場へ働きに行った。利江が薦めたわけではない。友だちは小遣い欲しさだったが、未映子は給料を全額、利江に渡した。

 「気遣いのある優しい子なんです」

 だが、それは、利江の背中が教えたことでもある。生活が苦しい時も、子どもの友だちが来れば食事を出した。家出した子がいれば親にかけあい、しばらく預かった。冬の路上でパンをかじっている人には、温かい飲み物を差し入れる。

 「キリスト教にひかれているから」

 阪神大震災(1995年)の朝。大きく揺れる部屋で、利江は子どもたちを抱きよせて仏壇の前に走り、「お父ちゃん、助けてー」と叫びながら拝んだ。

 「それ何なん? でしょ。でもこういうおおらかな母やからよかった」と未映子は笑う。(敬称略・宮坂麻子)

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