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歌人・斉藤斎藤のお父さん 弘毅さん:4 生活を苦しいと思わず「歌」作り

2008年6月3日

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写真「変わった名前とは、よくいわれますけど……」

 「0120―○○○―×××」

 パソコンサポートのフリーダイヤルに電話をすると、受話器の向こうから聞こえてくる男性の声。ひょっとすると斉藤(35)かもしれない。気鋭の歌人といわれる今も、アルバイトを続けている。

    *

 時給1160円が時給780円に「肉まんひとつ」

    *

 有名私大を卒業した斉藤は、フリーターになった。バブル崩壊で就職難だったせいもあるが、定職につく気がなかったのだ。

 面接に行くというスーツ姿の斉藤に、弘毅(72)は、玄関先で声をかけた。

 「その靴でいくのか?」

 「これでいいんだよ」

 足首より長い普段使いのブーツだった。真剣じゃないんだと落胆した。

 「優良企業に入ってもらいたいと思っていました。でも、半年に1度ぐらい『就職したら?』と言うだけでした」

 歌に出会ったのは2001年。

 図書館で偶然、中世の「歌合わせ」を現代風にした岩波新書「短歌パラダイス」を見つけた。歌を作った経験はないが、おもしろいと思った。

 インターネット上の歌の会にたびたび投歌。カルチャーセンターや、大学付属研究所の勉強会などで学び、結社「短歌人」に入会。03年に第2回歌葉(うたのは)新人賞を受賞した。弘毅は複雑だった。

 「歌じゃとても生活できない。歌で成功すれば、かえって定職につかないのでは……」

 実は弘毅も定年前の数年間、職場の仲間と句会に参加し、結構楽しめた。

 「生活は苦しくても、それを苦しいと思わず、いい歌が作れる。それだけ人間の幅があるんだから立派だと、ようやく最近、思えるようになりました」

 だが、斉藤はいう。

 「裕福で知性あふれる家庭に育った人のように、骨の髄からうっとりする歌は作れない。ぼくの歌はカギ括弧つきの『短歌』です」

    *

 中卒の母の執拗(しつよう)な執念の幼児教育の結果この歌

 (敬称略・宮坂麻子)

    ◇

 次回からはプロゴルファーの上田桃子さんです。

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