「変わった名前とは、よくいわれますけど……」
「0120―○○○―×××」
パソコンサポートのフリーダイヤルに電話をすると、受話器の向こうから聞こえてくる男性の声。ひょっとすると斉藤(35)かもしれない。気鋭の歌人といわれる今も、アルバイトを続けている。
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時給1160円が時給780円に「肉まんひとつ」
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有名私大を卒業した斉藤は、フリーターになった。バブル崩壊で就職難だったせいもあるが、定職につく気がなかったのだ。
面接に行くというスーツ姿の斉藤に、弘毅(72)は、玄関先で声をかけた。
「その靴でいくのか?」
「これでいいんだよ」
足首より長い普段使いのブーツだった。真剣じゃないんだと落胆した。
「優良企業に入ってもらいたいと思っていました。でも、半年に1度ぐらい『就職したら?』と言うだけでした」
歌に出会ったのは2001年。
図書館で偶然、中世の「歌合わせ」を現代風にした岩波新書「短歌パラダイス」を見つけた。歌を作った経験はないが、おもしろいと思った。
インターネット上の歌の会にたびたび投歌。カルチャーセンターや、大学付属研究所の勉強会などで学び、結社「短歌人」に入会。03年に第2回歌葉(うたのは)新人賞を受賞した。弘毅は複雑だった。
「歌じゃとても生活できない。歌で成功すれば、かえって定職につかないのでは……」
実は弘毅も定年前の数年間、職場の仲間と句会に参加し、結構楽しめた。
「生活は苦しくても、それを苦しいと思わず、いい歌が作れる。それだけ人間の幅があるんだから立派だと、ようやく最近、思えるようになりました」
だが、斉藤はいう。
「裕福で知性あふれる家庭に育った人のように、骨の髄からうっとりする歌は作れない。ぼくの歌はカギ括弧つきの『短歌』です」
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中卒の母の執拗(しつよう)な執念の幼児教育の結果この歌
(敬称略・宮坂麻子)
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次回からはプロゴルファーの上田桃子さんです。