現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 教育
  4. 小中学校
  5. 天才の育て方
  6. 記事

写真家・蜷川実花のママ 宏子さん:1 「観念」と「生理」の産物ね

2008年12月23日

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 このエントリをYahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真「蜷川実花展―地上の花、天上の色」は、東京オペラシティで28日まで開かれている

 私はね、どうしても子どもが欲しかったんです。3歳の時に父を戦争で亡くしたために、お父さん、お母さんがいて、子どもがいる家庭が、私にとって夢でした。俳優から演出家になって必死だった蜷川(幸雄、73歳)を説得して子どもを産み、実花と名づけました。

 蜷川実花。72年、幸雄と、「真山知子」の名で女優として活躍していた宏子(67)の長女として生まれた。当時、幸雄はほとんど無収入状態。主に宏子が家計を支えた。

    *

 とにかくかわいくて、かわいくて。髪をふり乱して子どもを育てていると、毎日がとたんに過ぎていくんです。そんな私を見て、蜷川が言ったんです。「そのままでは、女としてだめになるぞ。僕を通してしか社会とつながらないのは、いやだ」と。今になっては、もうそんなこと言えないよなと、蜷川は笑っていますけれど。そこで、実花が3、4カ月ごろに、泣く泣く仕事に復帰しました。

 実花が6歳ごろまで蜷川は「主夫」で子育て担当。でもね、そうそう簡単に男の人に育児はできないんですよ。実花がおっぱいがほしくて泣くでしょ。そこで背負うと、後ろから手を突っ込んでおっぱいを探すんですって。でも、おっぱいがないと知って実花は泣くんですね。

 ところが、私が仕事から帰ってきてね、乳首をくわえさすと、ほとばしるように、そう、まるでシャワーのように母乳が出て、実花は満面の笑みを見せる。

 そんななかで、蜷川は、「男親は、子どもと生理的につながっているわけじゃないんだなあ」と実感したんですね。

    *

 学生闘争で揺れていた時代、蜷川は「商業演劇の演出をした」という理由で演劇界で孤立していた時期がある。すると蜷川は3歳の実花を連れて新宿駅西口の改札に行き、大勢の人の流れを眺めたという。「いろんな考えの人がいる。だから、みんながあっちへ行くと言っても、実花が本当に正しいと思ったら、私はこっちの方向へ行きますという人間になってほしい」

 そんな具合に蜷川が「観念」で育てるものだから、私はベタベタと「生理」で育てるようになったんです。実花は「観念」と「生理」の産物ね。まぁ、役割分担と言えば、そう言えないこともありませんね。

(敬称略、聞き手・石川雅彦)

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内

[PR]注目情報

ここから広告です

広告終わり

ジャンル別の最新情報はこちら
  • 大学
  • 中学・高校
  • 専門学校