現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 教育
  4. 小中学校
  5. 天才の育て方
  6. 記事

卓球選手・石川佳純のお母さん 久美さん:1

猛練習で「負けん気」刷り込む

2009年8月4日

写真09年5月、横浜であった世界選手権では、日本人女子最高位のベスト8に

 JR山口線に乗り、山口市の矢原駅で降りる。田んぼがつづく道を歩いていくと、やがて佳純(かすみ)さん(16)の「卓球のおうち」が見えてきた。近所の家より一段と頑丈に見えるのは、1階を柱のない40畳の卓球場にするため、強化鉄骨を使って補強しているからだ。

 出迎えてくれた母親の久美さん(45)は、スポーツシャツに半ズボンのトレパン姿。すぐさま卓球を始めそうな勢いである。無理もない。「山口ジュニアクラブ」を率いる現役の監督なのだ。

 なぜ、「日本の卓球の星」と呼ばれる佳純さんが山口の地に育ったか。ひとえに、久美さんの生まれ持った「負けん気」のおかげである。

   *

 福岡県でOL生活を送り、実業団の卓球チームで活躍していた久美さんは92年、長女の佳純さんを身ごもる。ほどなく、福岡大学卓球部で同期だった夫の公久(きみひさ)さん(46)が転勤で山口市へ。ふたりで知らない土地にやってきた。

 93年2月、佳純さんが生まれると久美さんの生活は一変。佳純さんはベッドに寝かせれば泣く、ひとりにすると泣く、母親の顔が見えないと泣く……。娘をずっと抱っこし「1分と泣かせ続けたことはない」と久美さん。しばらくすると夜泣きが始まり、完全母乳なので夜中に4、5回は起こされる。「7時間続けて眠りたい」。それが最大の夢になった。

   *

 そんな「自由時間ゼロ」の久美さんにささやく友人がいた。「卓球、もう一度、やってみない?」。佳純さんが2歳を過ぎたころである。

 もう7年あまりラケットを握っていなかった久美さんは、迷った。でも、福岡時代の実業団での活躍ぶりは、隣の山口県にも伝わっていた。「いちど、来てみてよ」。そう誘われると断れなかった。

 夫の協力を得て時間をひねり出し、練習を始めると、子育ての苦労も孤独感も、球を追っている間は忘れられた。どんどん昔の感覚が戻っていった。そしてその練習場には、負けると悔しがり、さらに猛練習を繰り返す母親を、塗り絵をしながら見ている佳純さんがいた。

 久美さんの「負けん気」は、こうして佳純さんに刷り込まれたのである。(石川雅彦)

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内

[PR]注目情報

ここから広告です

広告終わり

ジャンル別の最新情報はこちら
  • 大学
  • 中学・高校
  • 通信制高校