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囲碁名人・井山裕太のお母さん 宏美さん:1

囲碁番組に出してみようか

2009年12月8日

写真張栩名人を破り、最年少で名人位を獲得した静岡県熱海市での戦い=10月15日、林敏行撮影

 深夜、裕太(20)の2階の部屋から、パチンパチンという音が聞こえてくる。碁石を黙々と並べているのだろう。1階にいる宏美(47)のもとまで届く。

 「そんな音を聞いていると、つくづく私たちはなんにも助けてやることができないんだな、と思うんです。囲碁の世界のことはぜんぜんわからないし……」

 裕太は10月にあった第34期名人戦七番勝負で勝利し、史上最年少で名人に上り詰めた。「日本囲碁界を背負うエース」「中国、韓国の若手に勝てる日本唯一の逸材」。ひとりのわずか20歳の若者が、そんな称賛を一身に浴びる。

    *

 裕太が5歳のとき、テレビゲームで囲碁を学んだことは有名だ。NHKの囲碁番組を見る程度だった父の裕(ゆたか)(47)が、ゲームソフトを買ってきた。

 「会社で先輩に誘われたんです。たぶん、先輩は昼休みに碁を打つ相手が欲しかったんですよ。私も負けず嫌いだから、ちょっと上達してやろうと思って」

 だが、テレビゲームはたちまち裕太の専有物に。ルールに従わない打ち方をするとブザーが鳴る。そんな遊び感覚に助けられ、裕太はすぐにルールを覚えた。

 宏美が小学校の養護教諭をやっていたため、裕太は生後10カ月から保育園に入った。朝の9時から夕方5時まで、起きている時間はほとんど保育園にいた。

 「一人っ子だから、入れてよかった。友達もできたし、離乳食も、トイレトレーニングも、すべて保育園にやってもらったようなものです」

    *

 もともと好きなことには熱中する子どもだった。保育園の後期はちょうど大相撲の若乃花、貴乃花の「若貴ブーム」と重なった。宏美がビデオに録画しておくと、裕太は力士の顔としこ名を全部覚えてしまったこともあった。

 毎日毎日、繰り返しやっているものだから、テレビゲームではいつも勝つ。数カ月で裕も相手にならなくなった。そこで、近所に住むアマチュア6段の祖父鐵文(てつぶん)(78)の出番と相成った。

 「裕太、囲碁が大好きだし、テレビの囲碁番組に出してみようか」

 鐵文らが「もうすぐ、初段」と書いて応募はがきを送ったことが、裕太のひとつの転機となる。(敬称略、石川雅彦)

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