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大相撲・千代大海のママ 須藤美恵さん:3

さぼり癖を見かねて、ついに一大芝居

2010年2月23日

写真入門直前、父親の弘さん(中央)と門出を祝う龍二さん(右)

 さて、さすがの「不良少年」龍二(33)も、中学校を出て進路を考える時期になりました。「柔道の特待生でぜひ」という高校も4、5校あったんです。

 運動神経は私譲りで、運動はなんでもできました。小学4年生から柔道を習って、中学校でも柔道部です。2年生の1学期にやめちゃいましたけど。1位の賞状とかメダルがいっぱいありました。大相撲からもいくつか誘いがありました。

 ただ、特待生の話も全部断りました。本人がやる気がないんですから。「勉強は大嫌いだ」「相撲は格好悪い」の一点張り。結局、中学を卒業して、鳶(とび)になったんです。かっこつけだから、スタイルにあこがれたんですよ。幅広ズボンに、派手なシャツ。私とすれば「手に職をつけられれば、食べていけるだろう」と、アパートまで借りてやったんです。

 3カ月ほどは続いたでしょうか。ところが、あの体格だから、高いところの作業はさせてもらえず、力仕事ばかり。ひとが1本持つ鉄パイプを3本も4本も持たされる。とたんにさぼり癖です。

 ある日、親方から「龍二が来ない」と電話があり、アパートに行くと、ひとの気配があるのにカギがかかっている。裏窓をたたき割ると、部屋じゅうシンナーのにおいが充満して、龍二ら5、6人がへろへろになっている。すぐさま、部屋を解約して連れて帰りました。

 もう、やるしかない。私は自殺をほのめかす一大芝居をするんです。龍二が帰ってくるのを見計らって、化粧もせず、部屋を暗くして、ソファにぼーっと座って。龍二にこう言ってやったんです。

 「そんなふらふら職にもつかず、なんのために、おまえを育てたのか。かあさん、もう死ぬけん。私はやるときは、やるから。死んでから後悔しても遅いぞ」

 そんな出来事から10日ほどたったころでしょうか。龍二が突然言うんです。

 「千代の富士に電話をしてくれ」

 どうして千代の富士か、わからない。たぶん、当時、いちばん人気があったからでしょうか。単純なんですよ。

 それが中学を卒業して半年ほどした1992年10月末。そして、九州場所で福岡入りしていた九重親方に会いにいくことになります。(聞き手・石川雅彦)

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