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元プロテニス選手・杉山愛のママ 芙沙子さん:2

「どうしたい?」常に問いかけた

2010年8月17日

 芙沙子(61)にとって長女・愛(35)の育児は「うれしい誤算」続きだった。

 「子供ってすごく力がある。取り込んだ洗濯物のそばで何をしているのかと思ったら、教えないのにシャツのボタンをはめたり外したり。ずっとやっている集中力にも驚きました」。趣味のテニスをするときコートに連れて行くと、2、3歳のころから子供用のラケットで壁打ちみたいな遊びを一人でやっていた。

 1歳10カ月からのスイミングを皮切りに、父忠正(62)の歯科医院開業で神奈川・茅ケ崎に移った5歳からは体操、フィギュアスケート、バレエ、テニス。やりたがる習い事を何でもやらせた。言葉の早かった愛は意思表示もはっきりしていた。「6歳半の時、もっとテニスがやりたい。テニスだけがやりたいと言いました。2カ所の教室を掛け持ちして、週3、4日やっていました」

 7歳の時、アガシ、セレシュら多数のトップ選手を育てた米国の養成学校の日本校が、自宅近くに開校した。試験を受け入校、ほぼ毎日、午後5時からレッスンを受けた。「ヘッドコーチに気に入られ、通常クラスの後にプライベートも、とどんどん増えて。夜9時までやって、家に着くと10時。さすがに毒だな、とそこは2年で辞めて他に移りました」

 約1年後、養成学校の米本校へのテニス留学を勧められた。が、断った。「選手にしようと思っていないし、本人もなろうと思ってない。ただテニスが好きというだけでしたから」

 愛がプロ志望を芙沙子に伝えたのは中3のころだ。すでに海外の試合でも実績を残し、15歳でジュニア世界ランキング1位になった。芙沙子も愛と同年代の海外選手の活躍を目にしていたから、「いいんじゃない」と背中を押した。

 1992年、愛は17歳でプロに転向した。芙沙子は次女・舞(28)の中学受験を控えツアーに同行しなかったが、「愛は楽しくて、家に帰りたくないみたいでしたよ。親離れ、というか精神的には非常に自立していました」。舞の中学受験も本人から言い出した。

 「2人が小さい時からいつも『あなたはどうしたい?』と問いかけました。彼女たちが『こうしたい』と言うと『あ、いいんじゃない』とか『ちょっと待って』とか。このキャッチボールがあったので、自分の意思ははっきりしていました」(敬称略、大庭牧子)

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