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演出家・宮本亜門のお父さん 亮祐さん:4

恩師から「解体して作り直す」

2010年10月26日

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 「ずっと変わらない愛情を注いできたつもりだったんだけどねえ」。演出家として名をなしてからの亜門(52)が講演で「母親が死ぬまで、おやじのことを殺したいほど憎んでいました」と話すのを聞き、亮祐(83)は言葉を失った。

 玉川学園高等部に進学すると、亜門は寮に入った。「太っていたから、そのほうが規則正しい生活ができるんじゃないかってね。もう少し団体生活になじんだほうがいいんじゃないかという気持ちもあったかな」。1年間の寮生活を終えて自宅にもどるとまもなく、亜門の不登校が始まる。「それで夫婦のあいだがぎくしゃくしてね。最愛の母親をいじめるヤツとしか思えなかったんでしょう。男親は母親にはかなわないね」。須美子が持病の肝炎で入退院を繰り返していたこともあり、「難問山積で、毎日をどう過ごしていたのか、当時のことは記憶の底に沈んでしまっているんです」

 そんなある日、亮祐と須美子のいさかいに亜門が「それはお父さんが悪いよ」と口を出した。「亜門に押されて碁盤に頭をぶつけてね。酔っていたから、かっとなって床の間の日本刀を持って追いかけたんだな」。亜門が逃げ込んだトイレのドアを開けさせようとして刃が折れると、ホースを持ち出して水攻めにした。引きこもりの息子とうまくコミュニケーションがとれずにいたもどかしさが爆発した瞬間だった。だが、この激しいぶつかり合いが父と子の関係を変えることになる。「友人の精神科医のところに亜門を連れていくことになりました」。個性を認め、おもしろそうに話を聞いてくれる医師のおかげで、亜門のかたくなだった心は次第に解放されていった。

 高校3年で復学を果たした亜門は、演劇部の顧問だった岡田陽(あきら)にミュージカル「ゴッド・スペル」の振り付けと主演をまかされる。大学演劇部の舞台に対する感想に岡田が興味を持ったことがきっかけだった。亜門主演の舞台は大成功。学園内の賞を受けたのみならず、雑誌で紹介されるなど高い評価を得た。「先生からの『おまえを解体して作り直す』というはがきを見せてもらったことがあります」。大学で演劇を学ぶことを勧めたのも岡田なら、「大学で勉強するだけが勉強じゃない」と、中退してプロの道に進むよう背中を押してくれたのも岡田だった。「今日の亜門があるのは先生のおかげです」(敬称略・田中順子)

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