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バイオリニスト・川畠成道の両親 正雄さん、麗子さん:2

10歳のとき「楽器が吸い付いた」

2010年11月16日

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 小3の夏休みの米国旅行中、スティーブンス・ジョンソン症候群にかかった成道(38)は帰国後、週3回の病院通いが必要だった。皮膚の回復とは逆に、当初は畳のへりが見えていた視力は、月日を経るにつれむしろ悪化していった。

 「日常生活が真っ暗でした」と通院に付き合った麗子(66)は言う。「1年ぐらいたってからです。将来のことも考えてやらないと、と思ったのは」。あれこれ考えた末の結論が、正雄(65)という教師がそばにいるバイオリンだった。

 プロとして演奏家の厳しさを知る正雄は、息子たちに楽器を習わせてこなかった。バイオリンの世界では6、7歳での入門は遅い部類。成道はこのとき10歳。麗子の提案には賛成しかねたが、「ほかに何がある」と問われ、返す言葉がなかった。初めてバイオリンを持たせた時、「楽器が成道に吸い付いたんです」と麗子は言う。教えもしないのに自然な構え方に、正雄も「試してみようか」。

 親子のバイオリン修業は最初から1日8時間、休日には10時間に及んだ。「健常者の方の10倍も20倍も時間がかかるんです」と麗子。最初は拡大コピーした楽譜を使った。次第に見えにくくなり、模造紙に1、2小節ずつ極太フェルトペンで書き写した。「玄関のドアを開けると家中が油性ペンのにおいです」

 中学生ごろにはそれも見えなくなり、正雄が1小節ずつ弾いて教えた。第1小節を2回弾き、3回目に第2小節へ、と1小節ずつ延ばしていく。「延々とその作業です。成道に記憶力や忍耐力があったのは幸いでした」。覚えるのは音程とリズムだけではない。右手の弓さばき、左手の指使い、テンポ、強弱……。

 「毎日毎日しごいたわね」と麗子が言えば、正雄は「しごいたというか、私がしごかれたよ」と苦笑する。仕事を終えて帰宅すると、夕食もそこそこに成道が待つ2階の練習室へ。日付が変わるまで教え、そのあと、今度は自分の練習がある。「電車内ではもちろん、オーケストラで、8小節ぐらいの休みに寝てしまうこともありました」

 一日も休みはなかった。麗子は「お正月に親類が集まっても、2人は別の部屋でバイオリン。そこまでしなくても、と言われました」と話す。正雄も「なんでうちは普通じゃないんだろうと思いましたが、半歩でも前へ進みたかった」。(敬称略・大庭牧子)

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