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バイオリニスト・川畠成道の両親 正雄さん、麗子さん:4

3人そろって一人前だった

2010年11月30日

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写真:英国王立音楽院を首席で卒業、両親と記念撮影=1997年6月、ロンドン 英国王立音楽院を首席で卒業、両親と記念撮影=1997年6月、ロンドン

 桐朋学園大の卒業を前に、成道(39)は進路の問題に直面した。ソリストを目指す以上海外留学は必須だが、それは介助者、つまり麗子(66)の同行が前提だ。家族を二分させてまで、と迷った。しかし正雄(65)と麗子は是が非でも留学させると決めていた。恩師・江藤俊哉氏の勧めもあって成道も決意、英国王立音楽院に入学を許可された。

 1994年夏、成道とともにロンドンに渡った麗子は、慣れない環境で息子の「目」になった。「なるべくたくさんの情報をインプットしないと」。道を歩くときも見えるものを伝えたり、英語のスペルを全部読んでやったりした。

 日本に残った正雄は不慣れな家事に取り組む。誘いのあった地方大学のポストも断った。そのかいあったと実感したのは、留学4カ月の成道を訪ね、演奏を聴いたときだ。「表現が型にはまらず、上にも横にも斜めにも、わっと広がった」

 3年後の97年、成道は同音楽院創立175周年記念演奏会のソリストに選ばれた。満場の拍手に包まれた晴れ舞台の翌日には、音楽院を首席で卒業。そして翌年3月、小林研一郎氏指揮の日本フィルとの共演でプロデビューを飾った。正雄は成道の演奏中ずっと指が震えたという。「長いトンネルの出口」だった。

 正雄は自身を振り返りながら話す。「私は若いころ、試行錯誤しながらやってきたので、教えるときに近道ができました」。大学2年のある午後、ひらめいた。「テクニックを個条書きにすればいい」。言葉を土台にした指導は、成道の上達をはからずも助けることになった。

 技術と並ぶ演奏の両輪、「音楽性」も正雄は具体的に教えた。「たとえば8小節が一つの文章として、それをつなげて物語を作る。恥ずかしげもなく恋とか愛とかの話もする。情景のイメージをふくらませる。情景がそうなら、弾き方はこうなるね、そのためにはこんな練習が必要だね、と」。平面的な譜面から立体的な音楽を立ち上げる「逆算の思考」は、成道の演奏の軸になったという。

 走りながら考える麗子と、石橋をたたいた後は突っ走る正雄、辛抱強くついていく成道。「3人そろって一人前だったわね」。麗子の笑い声は明るい。(敬称略・大庭牧子)

    ◇

 次回は、プロボクサーの内藤大助さんです。

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