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プロボクサー・内藤大助のおかあ 道子さん:3

夢中になる気持ちわかった

2010年12月21日

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 高校に進学した大助(36)は新しい仲間と出会い、明るさを取り戻す。「友だちもよく家に遊びに来たし、楽しかったみたいですよ」。道子(69)は振り返った。卒業後は調理師を目指し、洞爺湖畔の大きなホテルに就職も決まった。だが、卒業式が終わった春休みに研修を兼ねてアルバイトしていたとき、ささいなことで先輩といさかいを起こす。「入社しないうちにクビになっちゃってね」

 落ち込む大助に、道子は「内地に行きなさい」。別れた夫が経営する工務店で働く兄・義隆(40)のところに行くよう命じたのだ。「このまま豊浦に残っても、ろくなことにならない。自分の道は自分で切り開くべきだというのが私の考えでした」。道子自身も高校卒業後に上京し、路線バスの車掌や電気会社の事務員をした経験があった。「離婚してたいへんだったときもくじけなかったのは、そのころの経験が生きているから。大助も都会で修行したらいいと思いました」

 上京から1年ほどたったある日、大助から「トレーニングジムに入ったよ」と電話があった。格闘技が好きでなかった道子は「ボクシングはだめだからね、あんな野蛮なスポーツは」。だが、「いじめた同級生を見返したい、強くなりたい」と思った大助が始めたのは、まさにそのボクシングだった。「わかったときは、勘当だ!って言いました」

 大助は1996年にプロデビュー。98年11月には東日本フライ級新人王の決勝に勝ち上がる。「一回だけ見に来てよ。負けたらボクシングやめるから」。この対戦に勝利した大助は、翌月に西日本新人王と戦い、1回KOで全日本新人王のタイトルをつかんだ。「試合会場で見たら、夢中になる気持ちがわかったわね。試合が終われば選手同士も握手して讃(たた)え合う。紳士的だな、スポーツマン精神にのっとっているんだなと知りました」

 それからの道子は「ボクシングマガジン」など専門誌を熟読。大助に戦術をアドバイスして「おれが専門だからさあ」と笑われることもある。プロといってもファイトマネーだけでは生活できず、仕送りで支えた時期もあった。

 もちろん全試合に地元後援会の人たちと駆けつける。応援ツアーのすべての参加者に必ず手作りの弁当を配る。「ささやかな感謝の気持ちです」。験を担ぎ、赤飯と白飯でつくった紅白のおにぎりは欠かさない。(敬称略・田中順子)

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