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2011年10月22日
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吹奏楽

吹奏楽コンクール

伝えたい「第五福竜丸の記憶」 吹コンで玉名女子が演奏

写真:玉名女子:23日の大会本番に向け、練習に励む部員たち=玉名市岩崎拡大23日の大会本番に向け、練習に励む部員たち=玉名市岩崎

 23日に東京である第59回全日本吹奏楽コンクール(全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社主催)に出場する玉名女子高校(熊本県玉名市)。55人の部員で演奏する自由曲は、約60年前に放射能に苦しめられた人々の実話から生まれた。そして現代。東日本大震災の被災地への祈りを込め、大舞台に挑む。

 夜6時の教室。吹奏楽部顧問で指揮者、米田真一さん(42)の厳しい声が飛ぶ。「西から昇る太陽は青空の丸い太陽と違う。キノコ雲が現れ、輪郭がはっきりしない。荒々しく音をぶっ放すんじゃない」

 福島弘和さん作曲の「ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶」。1954年に太平洋のビキニ環礁で米国が実施した核実験で、船員23人が被曝(ひばく)したマグロ漁船「第五福竜丸」の絵から想起したものだ。放射能にさらされた人たちの悲しみや怒り、そして祈りまで揺れる感情の幅をオーボエやクラリネットなどの木管楽器を中心に奏でる。

 5場面からなり、部員が苦心した2場面目「西から昇る太陽」は、船員が見た爆発の閃光(せんこう)を表す。巨大な爆発を描く激しい場面だが、遠くから光を見た船員の違和感を表現するため、「単なる大音量ではなく抑えた音が求められる」と米田さん。

 自由曲をラッキードラゴンに決めた直後、大震災が起きた。いまも福島第一原発事故の放射能被害に苦しむ被災者を思うと、演奏することに迷いもあった。しかし、被曝が過去のものでないことを伝えたいと、部員たちは福竜丸の映画を見て曲の背景も学んだ。部長の山田夏奈さん(18)は「悲惨な出来事が起きた今だから伝えたい」。

 曲のもとになった絵「ラッキードラゴン」は、米国画家ベン・シャーンが被曝で亡くなった福竜丸無線長の久保山愛吉さんを描いたもので福島県立美術館に所蔵。ベンは自身の絵本「ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸」で言っている。「無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。(中略)亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、我が子を抱き上げるすべての父親だ」

 福竜丸事件では、船員だけでなく日本中の人が「死の灰」におびえた。雨を恐れ、魚や水や野菜を心配した。あれから57年が過ぎたいまは、原発事故の放射能汚染から幼い子らを守ろうと必死だ。

 吹奏楽部ではベンの絵の複写を教室の壁に貼り、練習を続けてきた。「忘れまい」と石に刻むような力強い線が特徴のその絵画のように、教室に響く音色も胸に染みいり研ぎ澄まされていく。「大会では東北や聴いてくれる人みんなの心に届けたい」と部員たち。祈りと再生への誓いに満ちたこの曲を、国内最大級の巨大ホール「普門館」で響かせる。(土井恵里奈)

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