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きょういく特報部2009

子どもにも社会保障を 教育の格差、固定化に懸念

2009年6月22日

グラフ

 「人生前半の社会保障」。最近、こんな言葉が教育の世界で言われ始めた。親の所得格差が露骨に子どもの教育環境の格差につながっている。不況などで学校に就学費用を納められない子も少なくない。社会保障費といえば介護や医療など人生後半に集中してきたが、活力ある社会にするため教育分野の公費支出を増やそうという考え方だ。政府の教育再生懇談会委員で、以前からこの考え方を提唱してきた広井良典・千葉大教授に聞いた。

■機会の均等 国が守れ

 ――「人生前半の社会保障」とは?

 社会保障の議論といえば、これまで、介護や年金、医療と高齢期に集中していた。雇用がしっかりし、家族の基盤もしっかりしていたから、暮らしの上でのリスクは、もっぱら退職後の時期に現れた。

 しかし、いまは若者の失業率一つとってみても、退職期の年齢層より高くなっている。経済成長の時代は終わり、現役世代の雇用は不安定。先進国は生産過剰で失業が慢性化している状況だ。この結果、生活リスクが高齢期以外に広く及ぶようになり、人生前半での生活保障が必要になってきた。

 所得格差が世代を通じて徐々にたまってきたのも大きい。人生の始まりで「共通のスタートライン」に立つという前提が崩れている。教育はそうした「人生前半の社会保障」の核になるもので、平等の実現とともに、経済や社会の活性化のためにも手厚くする必要がある。

 ――人生を教育と社会保障の両面で支えるということ?

 社会保障は人生の後半を対象にした、いわば事後的な対応策。一方、教育は人の能力を伸ばすという、能動的な人生前半の分野として別々に考えられてきた。しかし、社会が成熟して両者はクロスしており、人生の各段階で融合させて生活を保障することが必要になる。こうした考え方は欧州ではすでに定着している。

 ――公的な教育支出の国際比較では、日本は経済協力開発機構(OECD)で最低水準。人生前半の公的な財政支援は乏しい。方向性は?

 政策としては、小学校に入る前の時期と大学教育の時期の支援が日本では特に不足しており、強化が必要だ。児童手当や保育サービスを充実させるほか、大学教育では私費負担を下げ、返済する必要がない奨学金や職業訓練、職業紹介の制度を広げるべきだと思う。20〜30歳の人に月額4万円程度の年金を支給する「若者基礎年金」制度も提案したい。

 今は人生が長くなっている。高齢期が延びたと同時に、「子ども」の時期も大きく延びているととらえるべきだ。思春期の頃までを「前期子ども」、30歳ごろまでを「後期子ども」と考えることができる。後期は「遊・学」と「働」の複合期ととらえ、教育の概念を広げたい。

 生産から少し距離を置いた子ども期と高齢期が長いのが人間という生き物の特徴で、そこにこそ創造性の源がある。一見「効率的」でないことの価値に気づくことが重要だ。経済成長を目標にする時代ではない。成熟化の時代に合った教育政策をどう描くかが課題になる。

 ――実現には、やはり財源が必要になる

 今より負担が大きくなる代わりに、給付も大きい社会を目指すべきではないか。スタートラインでの平等という意味では、相続税を強化し、就学前の支援にあてることも考えられる。ドイツなどでは、社会保障の財源として環境税をあてている。

 従来の米国型の「強い成長志向・小さな政府」という社会モデルは破綻(はたん)しつつあり、「持続可能な福祉社会」とも呼べるモデルを考えることが重要だ。

■家庭の教育費負担軽減提言 教育再生懇・4次報告

 広井教授が委員を務める政府の教育再生懇談会は5月28日、第4次の報告を河村官房長官に提出した。その中には「人生前半の社会保障」の言葉と考え方が強く表現されている。

 報告書は「安心できる社会の実現には、子どもたちが努力すればより豊かな人生を送ることができるという希望がもてる環境を整えることが大切」「家庭の経済状況で教育を受ける機会や質に差ができないような社会の構築が必要」と指摘。

 現実には家庭の所得水準によって進学機会や学びの継続に影響が出ているとし、「教育を『人生前半の社会保障』と位置づけ、家庭の教育費の負担軽減を図る」と提言している。

 具体的には、▽幼児教育の無償化の早期実現▽経済的に困難な高校生への授業料減免措置の拡充や奨学金の充実、給付型教育支援制度の検討▽大学などでの授業料減免措置の拡充と給付型奨学金の充実――などを求めている。(編集委員・山上浩二郎)

     *

 〈解説〉政府内で教育政策を「人生前半の社会保障」として位置づける流れが生まれたのは今年初めだった。社会保障費を将来的にどうするのか、消費税率の引き上げ論議が盛んだったころだ。

 日本は教育費の公的支出が対国内総生産(GDP)比で先進国の最低水準だが、これまでは家庭が負担をかぶってやりくりしてきた。だが、それも近年の不況や雇用の激変で支えきれなくなっている。

 所得が高い世帯の子どもばかりがいい教育を受けるような形で固定化されたら、社会は活力を失う。戦後教育の基本となった「機会均等」がますます希薄になることへの危機感は大きい。

 広井良典氏らの考え方は、社会政策と教育政策を連動させることで「人生前半の社会保障」を充実させ、職業訓練や事業創造などにつなげて人生中盤から後半のリスク要因を小さくしようというものだ。文科省はこの考え方を取り入れつつ、「社会保障費」として教育財源を確保しようと考えている。

 この動きは、旧来の教育行政の転換につながる可能性がある。文科省と厚生労働省で縦割りになっている教育・社会保障行政の見直しにもなる。最近の政策決定を審議する場では、狭くマンネリ化した教育の世界の枠を超えて政策を立案しようとする姿勢も見られる。

 政府・文科省がこれまでの政策と調整した上で社会モデルを具体的に描き、財源確保の道筋を示したとき、「新たな流れ」が現実味を帯びてくる。

     ◇

 広井良典(ひろい・よしのり) 61年生まれ。厚生省勤務を経て千葉大へ。専門は、社会保障、公共政策。「持続可能な福祉社会」(ちくま新書)、「グローバル定常型社会」(岩波書店)など。

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