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きょういく特報部2009

落書き「誰が」対処は適切? 認めた生徒、窓乗り越えケガ

2009年9月28日

写真女子トイレで見つかった落書きの一部(中学校が提出した事故報告書の写しから)

 この夏、佐賀県の公立中学校で「事件」があった。女子トイレで見つかった落書き。学校側は生徒たちに匿名でアンケートを書かせるなどして「目撃証言」を集め、一人の女子生徒にたどりついた。証言した生徒も立ち会わせてただしたところ、女子生徒は落書きを認めたが、その直後、校舎2階の窓を乗り越え、転落してけがをした。「誰がやったのか把握しないと指導ができない」「間違っていなかった」という学校。対処は適切だったのだろうか。(小川直樹)

    ◇

 この中学は、女子生徒が転落するまでの経緯を事故報告書にまとめて教育委員会に提出している。それによると、問題はこんな経過をたどった。

 7月14日午前8時。1年生を受け持つ女性教諭が、校舎2階の女子トイレの壁に落書きがあるのを見つけた。六つの相合い傘に、イニシャルのような文字や「LOVE」の文字などが彫るように刻まれていた。

 授業が終わり、「帰りの会」が開かれた午後2時過ぎ、学校側はこのトイレを主に使っている1年生3クラスの女子全員を体育館に集め、やった生徒に名乗り出るよう呼びかけたが、反応はなかった。

 学校側は集会後、男子生徒も含めた1年生全員に匿名でアンケートを実施。目撃情報などを記すよう促した。その中で13人程度の名前が挙がり、教諭5人が手分けして事情を聴いた。翌日には6人に絞り込んでさらに話を聴き、うち2人が、シャープペンで別の女子生徒1人が字を彫っていたのを見た、と話したという。

 これに対し、名指しされた女子生徒は否定した。学級担任は、「見た」という2人を伴ってその生徒をトイレに連れていった。生徒はなお認めない。ここで担任は目撃者の2人をトイレから出し、生徒と一対一になって「ここできちんとしておかないと、周りからの目が厳しくなるんじゃないの」などと話した。ここで、女子生徒は落書きを認めたという。

 その後、副担任が「あなたを一番守ってくれるのは担任の先生よ」などと声をかけ、女子生徒を2階の学習室に連れて行ったという。

 午後5時40分ごろ、副担任が数分間、学習室を離れた。その間に女子生徒は窓を乗り越え、約3.5メートル下の花壇に落ちた。土の上に仰向けに倒れ、歯が折れるなどのけがで3日間入院した。

 報告書は、事故原因については一切言及していない。

■学校「間違いなかった」

 この学校の校長は取材に対し、こう説明した。

 「学校は最近まで校内暴力などの問題を抱えていたが、ようやく雰囲気が良くなりかけていた。落書きは小さなことかもしれないが、積み重なると学校全体が落ち着かない状態になる恐れがあった」

 匿名アンケートで情報を集め、生徒同士を引き合わせたことについては「話が食い違ったので、現場で聞いてみようということになった。誰が書いたのかを把握しないことには指導できない。指導は間違っていなかった」と話す。

 一方で、「子どもの本音を聞けるようなカウンセリングマインドを教師が身につける必要がある」との考えから、現在、カウンセリングの仕方を学べる研修を検討しているという。

 学校によると、けがをした生徒は2学期から登校している。本人の希望で副担任が相談に当たり、内容はスクールカウンセラーと共有しているという。

 教育長は「学校を良くしようと考えたうえでの対応で、問題があったとは思われない」「一つ間違えば死につながる事故が起きたことは厳しく受け止めている」と話す。

■こそこそすればいじめに

 学校側の対応については、教育関係者にも様々なとらえ方がある。

 福島大大学院の生島浩教授(非行臨床学)は「生徒の性格や家庭環境などへの配慮が不足している可能性もあるが、落書きをした生徒に注意するのも教育的指導だ」と言う。目撃情報を話した生徒と本人を引き合わせたことについても、「見えないところでこそこそとすれば、インターネット上で悪口が飛び交うなど、生徒間で陰惨ないじめに発展するおそれもある」という理由から理解を示す。

 一方、武庫川女子大の小林剛名誉教授(臨床教育学)は、電話相談などを通じて長く教育現場を見てきた経験から「拙速な印象がある」と言う。「思春期の子どもをたたみかけるように追い込むと、心に傷を与える。不登校など二次的な問題を生む危険がある」「もっと時間をかけ、子どもの心にあるものを少しでも話せる関係を作るべきだ。性急な追及は、かえって真相をぼやけさせることもある」

 「ヤンキー先生」の愛称で知られる元教員の義家弘介さん(自民党参議院議員)は「落書きを放置すればトイレが『治外法権』になる恐れもある」と指摘する一方、「匿名のアンケートは『犯人捜し』が目的で適切とは思えない」「落書きをした生徒が分からないと指導ができないというのもおかしい」と学校のやり方に疑問を投げかける。

 母校の高校で教師をしていた当時、校内で非常ベルが鳴ったことがあった。その際、全校集会を開き、いたずらによって、消防も含めて色々な人に迷惑をかけたことを語りかけた。その時は誰も名乗り出なかったが、やった生徒は卒業時になって「あの時は先生が本気だったし、焦った」と謝ってきたという。義家さんは「教育はそういうスパンで考えるべきだと思う」と話す。

     ◇

■取材記者から―「目撃者」と対面 生徒に重圧

 取材のきっかけは、7月16日に教育委員会が開いた記者会見だった。トイレの落書きについて指導中、女子生徒が窓から転落してけがをした。なのに「指導に問題はなかった」という。

 どうしてそんなことになったのか。取材を続けるうちに明らかになったのは、同じ学年の生徒全員からアンケートまでとって当事者を突き止める手法だった。「目撃者」と引き合わされ、落書きを認めた生徒はどんな気持ちだっただろう。想像すると、胸が詰まる思いがした。

 専門家に話を聞くと、匿名のアンケートをする学校は少なくないという。「真相解明が先決」と教育委員会も説明する。だが、それが教育の本来の目的とかけ離れていることは識者も指摘している。

 落書きはいけないが、どの学校でも起こり得ることだ。それが起きてはいけない事故につながった。そのことを学校は直視し、今後の指導に生かしてほしい。

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