現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 教育
  4. きょういく特報部
  5. 記事

きょういく特報部

74歳、情動の一字書 夫との死別きっかけ 力強い作風確立

2010年5月3日

写真村木享子さん。大きな和紙に大書する=東京都青梅市、杉本康弘撮影

 御岳山を望む山あいのアトリエで、書の作品を書き続けている女性がいる。東京都青梅市の村木享子(きょうこ)さん(74)。43歳で夫と死別し、自分を見つめ直して「一字書」の力強い作風をつくり上げた。作品が評価されたドイツでは、現地の人たちに書を教えるワークショップを10年にわたって開いている。人に教え、自分も学ぶ喜びの中で、今も人間としての成長が続いているという。

 足元には、畳より大きい特注の和紙が広がる。

 墨を含ませた長さ70センチの巨大な筆の重さは5キロ超。力を込めて持ち上げ、10秒ほどで一気に書き上げる。

 草書体の一文字で表す「一字書」。体を大きく上下動させ、腕を広げて躍動する姿は、舞踊のようにも、荘厳な音楽を奏でているようにも見える。

 息を整えながら、書き上げた作品をじっと見つめる。「一枚書くと、また書きたくなるのよね」

 御岳山のふもとにある旅館に生まれた。高校の卒業間際に軽い肺結核にかかり、しばらくして肋膜(ろくまく)炎も患った。進学も、仕事もしない毎日。家で本を読み続けた。

 「生きがいって何だろう」。感じたことを表現したい、形にしたい……そう考えるうちに、小学生のころから習ってきた書道に思いが至った。高校時代の書道教師に再び教えを請い、技量を上げて子ども向けの書道塾を開いた。

 結婚し、穏やかな日々を過ごす中で、1978年の夏、夫が肺がんであることがわかった。闘病の末、1年後の秋に亡くなった。

 さまざまな思いが浮かび、それを筆に託した。

 〈この身は必ず捨て果つる身なり〉

 〈汝(なんじ)をむしばむもの呑(の)み盡(つく)さん〉

 自然に、そんな文章を書いていた。

 「夫がいる間は、よりどころにしていた。『自立』が芽生えてなかったんですね」

 書は生活自体から生まれる。情動と筆の動きが一つになり、それが文字になる。ならば人間として、より良く生きていこう――。そう思いを定めた。

 一字書で心のうちを表現することに傾倒していく。初めての個展を新宿のギャラリーで開いた時、45歳になっていた。

 作品の評判は静かに広がり、94年夏、ドイツのブラウンシュバイク市にある芸術大学で個展を開いた。

 そこに突然、見知らぬ女性が訪ねてきた。ハンブルク美術工芸博物館の東洋部長、ウルズラ・リーネルトさん。博物館に偶然持ち込まれた作品集にあった村木さんの書が心に響き、会いに来たのだという。作品を初めて目にした日は「興奮して一晩眠れなかった」。

 その縁で個展をハンブルクでも開催し、99年夏には現地で書道のワークショップ(体験型講座)を開いた。

 小柄な村木さんが、日本語と英語を交え、身ぶり手ぶりで指導する。大柄な受講生たちは積極的に大筆に向かった。漢字の意味はわからなくても、現地の人たちは躍動感のある書の芸術性にひかれていった。

 講座を離れても、ホームステイ先で家族ぐるみのもてなしを受けた。1年だけのつもりが「来年もやってください」「今年はいつ来ますか?」と求められ、もう11回を数えた。

 人に教えることによって、自分も成長する。「共に学ぶ喜び」が、ドイツに通ううちにわかってきた。人間的な経験を重ねることは、一人で文字を書くのと同じくらい大事なこと。古木のような骨太な書の筆跡は、たくさんの出会いで練り上げられている、と感じている。(井上秀樹)

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内

[PR]注目情報

ジャンル別の最新情報はこちら
  • 大学
  • 中学・高校
  • 通信制高校