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きょういく特報部

子どもの気持ち 学び直す 教師ら大学院で「臨床教育学」

2010年10月4日

写真拡大先生が学ぶ大学院の授業風景。自らの現場での経験を語り、庄井良信教授(手前)がコメントする形で進む。小学校の一室をサテライト教室として使っている=札幌市北区、小林写す

 子どもたちの気持ちを学び直したい、と大学院に通って「臨床教育学」を学ぶ現職の先生たちがいる。教室での体験を持ち寄って他の先生たちと議論し、よりよい子どもとの接し方、教え方を考える。この学問を学べる大学院はまだ少ないが、来春には教育学者たちが学会をつくり、「先生の育て方」に一石を投じようとしている。

■教室での体験を議論

 9月上旬の日曜日。札幌市中心部の小学校の一室で、北海道教育大学の大学院生10人ほどが車座になっていた。

 院生といっても多くは社会人。現職教員、スクールカウンセラー、児童相談所の職員……と子どもの教育や支援にかかわる20〜50代の人たちだ。教育委員会の制度を使い休職して学びに来ている人もいれば、働きながら夜間や週末に学ぶ人、夏休みを利用して通う人もいる。

 この日、講師役に招かれたのは小野富士子教諭(58)。勤務先の小学校では特別支援学級の担任をしている。小野さんはこんな報告をした。

 私の学校では、学習や生活に困難のある子一人ひとりの現状を把握し、どう支援するかを検討する会議を頻繁に開いている。支援のしかたは学校が個々の実情に合わせて6段階に分けて決めている。いま課題になっているのは、卒業して学校を離れた後、地域でどう支えていくかだ。地元の医療や福祉の関係者に呼びかけて話し合いを重ねている――。

 聞いていた「院生」たちから質問や意見が飛んだ。「うちの自治体では子どもの支援段階は入学前に教育委員会で決めているんですが、本当は今の話のように、教職員の共通の理解で決めることが大事だと思いました」「教師間で子どもについて認識を共有するのが難しい。どんなふうにしていますか」

■心の病に気づく

 小野さん自身も、この大学院の学校臨床心理専攻を2005年に修了した「元院生」だ。

 50代を前に子育てが一段落したとき、同大に大学院が設置されると知り、臨床教育学の庄井良信教授の門をたたいた。

 「いま動かないと後悔する」との思いがあった。新卒のとき受け持った特別支援学級でこんな経験をした。体育か音楽の授業を普通学級で受けて戻ってきた知的障害のある子が「向こうでいやなことを言われた」と訴えてきた。「がんばりなさい」と励ますと、その子に切り返された。「先生は普通だから、私たちの気持ちがわからない」

 その言葉を引きずった。ちょうど初任者研修を終え「教師はこうあるべきだ」と張り切り、子どもにも厳しくなっていたのかもしれない。数年後に普通学級の担任になり特別支援学級を離れたが、「教師として成長して、いつかまた」という思いが募った。子どもの気持ちを理解できず、積み残してきたことも少なくないと感じていたのだ。

 院の1年目は自分の教師体験を語り、他の院生や先生と議論し、それを理論と結びつけて現場で何ができるか考える演習を繰り返した。庄井教授らが提唱する「臨床教育学」の手法だ。

 小野さんは演習でこんな体験を語った。「周囲からにらまれ、視線が怖くて登校できなくなった子がいました。私は周りの子たちに『あなた方に問題がある』と指導しました」

 院生には教員だけでなく医療や福祉専門の人もおり、「視線恐怖症では」「発達に障害があるのかも」と登校できなくなった子に目を向ける意見が出て、自分にない見方を学べた。討論を機に、その子が心の病を抱えていたことを理解した。「そういう判断が当時はできず周囲の子も信じてあげられなかった。でも自分の教師体験だけで対処するのは難しい。そういう面で様々な人と議論することは有益でした」。演習と並行して精神分析や母子関係、発達学の古典的理論などの講義も受けた。そうして困難を抱える子どもへの寄り添い方を見つけていった。

■親への説得力に

 同大では02年に「学校臨床心理専攻」ができて以来、現職の先生たちの入学が相次ぐ。「子どもを支援する上でいろいろな課題に直面し、解決する力を付けたいというニーズが先生たちにはある。みな意欲的です」と庄井教授は言う。

 いま同専攻で学んでいる現役女性教諭も「学び直しがしたかった」と話す。20年以上の教師歴の中で自身も責任ある立場になり、同時に軽度発達障害の子どもたちの教育の充実が求められるようにもなった。「学ばないと子どもや保護者に対して説得力がない」。仕事の後に社会人向けサテライト教室に通う。

■歴史浅い分野、学会設立へ

 先生たちはなぜ、大学院へ臨床教育学を学びにくるのか。

 「現場で一生懸命やってきたが、子どもとしっくりいかないという不安を持って、自分の教師像を問い直しにくるのです」と、武庫川女子大(兵庫県西宮市)の田中孝彦教授は語る。現在の基礎となる実践を1990年代から始めた、この分野の第一人者だ。

 今年3月まで7年勤めた都留文科大学大学院(山梨県都留市)には、おもに10〜20年目の現職教員が入学してきた。田中教授によると、最近の子どもたちは、べったり甘えてくる「依存性」がみられる一方、教師が手を差し伸べたとたんにキレるなど「攻撃性」も強い。そして、その両面がめまぐるしく入れ替わることが多い。だから教師も傷つく、とみる。「子どもを理解するための教師教育のカリキュラムをつくる必要がある、と強く感じました」

 来年3月、田中教授らが中心となって「日本臨床教育学会」を設立する。目的は大きく分けて二つある。一つは、この十数年間にこの分野で蓄積されてきた研究や実践の成果を発信し、現場での実践により結びつけられるようにすることだ。

 もう一つは、「教師教育者」の交流と成長の場にすること。臨床教育学の歴史は浅く、学べる大学は国内にまだ少ない。「学会をつくることで、子どもの生きる現実から構想する教師教育の道をひらきたい」(小林舞子)

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