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紙上特別講義

「ゆとり教育」と教育改革の行方:1(寺脇教授)

2007年07月14日

 一人ひとりの子に合わせた教育ができていない−−危機感が背景にありました。

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 成功だとか失敗だとか、結論を出すのは性急に過ぎます。

 「『ゆとり教育』が学力低下を招いた」。このような認識を前提にした教育改革論議が盛んです。そこであえて、現行の新学習指導要領の実施や、学校の完全週5日制を文部科学省審議官として推し進めた寺脇研・京都造形芸術大教授(54)に、教育と改革のあり方について考えを語ってもらいます。

 私は文科省(旧文部省)時代、いわゆる「ゆとり教育」の理念や内容を国民に説明するスポークスマン役を務め、一部から「学力低下を招いた」と批判を浴びています。今回はまず、私の経験も交えながら、近代以降の教育制度改革の流れをたどります。

 日本の学校教育の方針は明治以降、三つの時期に分けられると思います。第1期は明治初年から1977年。第2期は77〜02年。第3期が02年以降、つまり現在です。

 第1期は、同じ内容を画一的に学ばせる詰め込み型で、教える内容も増やしていった。日本の近代化を下支えする役割を果たしたと思います。

 しかし、教育内容が増え続けた結果、70年代、子どもたちが悲鳴を上げた。「落ちこぼれ」や「校内暴力」が社会問題化。私が文部省に入ったのは75年で、このころです。

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 当時、省内では「教科内容の精選」という言葉が盛んに使われていました。詰め込みから脱却する、ということです。77年、学習指導要領の改定に伴って授業時間を削減し、代わりに「ゆとりの時間」ができました。

 ただし、77年の改革は教育内容を減らしただけで、従来の画一方式は変わらないままでした。変化をもたらしたのは84年に設置された臨時教育審議会=(1)=です。87年に出した結論は、画一化から個別化への転換を図る重要な内容でした。これを踏まえ学習指導要領が改定され、小学校では生活科が導入され、中学校では選択履修科目が増えた。92年には月1回、95年には月2回の学校週5日制が導入されました。

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 02年以降の第3期=(2)=の変化は、各種調査の結果がきっかけになりました。「覚えることは得意だが、自ら調べたり、判断したりする力が不十分だ」「授業の理解度や満足度が、学年が上がるにつれて低くなる」――。

 一人ひとりの子どもに応じたきめ細かな教育ができていないのではないか。そんな危機感が浮かび、学習指導要領を大幅に改定し、授業時間を1割弱、学習内容を約3割減らし、教育の「個別化」を図ることになりました。

 ところが、一律に教える内容を減らしたと受け止められ、「学力が下がる」と批判されました。理解の進んでいる子はより力を伸ばすようにし、そうでない子は基礎をしっかり学べるようにするという趣旨だったのですが。今、文科省は「学習指導要領は最低基準で、それ以上教えていけないということではない」と説明しています。

 性質が異なる第2期も第3期も一緒にして「ゆとり教育」と呼び、批判するのは乱暴です。現状は、個々の子どもたちの得意分野や関心領域に合わせ、先生たちが模索しながら努力している段階ではないでしょうか。「ゆとり教育」は成功だとか失敗だとか、結論を出すのは性急に過ぎると思います。次回は、私が考える教育改革のあるべき行方について話します。

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 寺脇研 てらわき・けん 京都造形芸術大学教授。旧文部省職業教育課長、生涯学習振興課長、文科省審議官などを経て、06年11月に退職。「格差時代を生きぬく教育」(ユビキタ・スタジオ)など著書多数。高校時代から「キネマ旬報」誌に映画評を投稿していた映画好きで、映画評論家としても知られる。

 ◇キーワード

 (1)臨時教育審議会 当時の中曽根康弘首相が設置した諮問機関。85年の第1次から87年の最終まで四つの答申をまとめた。「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」「国際化、情報化など変化への対応」などを打ち出し、画一主義、学校中心主義からの脱却をうたった。

 (2)第3期の教育改革 02年4月から実施されている現行の学習指導要領は、各学校が「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開することや、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を育むことを目標に掲げ、「学校の完全週5日制」「総合的な学習の時間」「習熟度別授業」「全員が学ぶべき教科内容の削減」などが盛り込まれている。学力低下を招いた原因だとして批判する意見もある。

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