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紙上特別講義

「ゆとり教育」と教育改革の行方:3(寺脇教授)

2007年07月28日

 子どもたちが自己肯定し、社会で役割を果たす自信を身につけてほしいのです。

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 「ゆとり教育」を受けている世代の学力は、決して低下してはいない。寺脇教授はそう指摘し、教育改革論議は事実を踏まえて冷静に進めるべきだと説きました。なんとなく子どもたちの学力が落ちているのではないかと思っている人には、意外な話だったかもしれません。教授が出した「宿題」への「答案」のうち2点を、教授の講評とともに紹介します。

 【宿題】いわゆる「ゆとり教育」について、どのような「功」と「罪」があると思いますか。500字前後でお書き下さい。

 ○理念を徹底する視点、現場で弱く

 寺尾一彦さん(46)=教員、金沢市

 「ゆとり教育」が徹底されていないことで問題が起きている。足りないのは(1)教育予算であり、(2)現場レベルでの理念の具現化である。

 (1)について。「ゆとり教育」でのキーワードの一つに「個別化」がある。1人の教師の向き合うことのできる人数には限界がある。車座になって一人ひとりの顔が見渡せることができるのは15人から20人くらい。「個別化」を進めるために、1人の教師の担当人数を減らす。現在はそのための予算的裏付けがない。

 (2)について。制度改革は理念通りにならない。かつての共通1次試験がそうである。当初、共通1次試験は資格試験的なものとし、2次試験で各大学が個性的な学生を入学させることをめざした改革だった。実際はどうだったか。共通1次試験の点数で、大学間の序列がはっきりした。同じような点数の学生ばかりが集まるようになった。「ゆとり教育」も、理念を現場レベルでどう具現化していくかという視点が弱かった。何を変え、何を変えないのか。現場に即してシミュレートすべきだった。

 ○脱「詰め込み」、息子たち生き生き

 九門りり子さん(47)=主婦、大阪府交野市

 点数ではかられる勉強が苦手だった長男を育てた経験から、すべての子どもに同じ内容、同じ量の学習を押し付けることに疑問を感じていた私は、寺脇教授の推進した「ゆとり教育」に、当時大変共感しました。社会に出ていくための基礎学力を最低限の保証とし、個々の能力や意欲に応じて、学力も含めた様々な力を伸ばすよう育てていくきめ細やかな教育が実現したら、子どもたちはみな生き生きと成長できるのではないかと思いました。

 しかし、実際はそういう理念が教育の現場まで浸透しないまま、授業時間数や内容の削減が手抜きをしているだけのように受け取られ、学力低下への不安をあおり、学習塾などの教育産業に利用されるままになってしまったのではないでしょうか。しかし我が家においては、人の中で生き抜く力にたけた長男はそれを生かして福祉の方面に進み、高校までをクラブ中心で過ごしてきた次男は、そこで培った集中力で希望通りの進学を果たしました。詰め込み教育ではこうした個性を発揮することはできなかったと感じています。

 ●講評

 《寺尾さん》的を射たご指摘です。(1)予算が必要なのはその通りです。教育予算が乏しいのはなぜか?政治が決断しないからです。国家予算を決定する権限は国会にあるのですから。「教育再生」を標榜(ひょうぼう)する政権が、それに見合う予算増をしようとしないのには首をかしげます。(2)現場に理念を徹底するのは、事前の説明だけでは不十分です。実際にスタートすると同時に現実に即した取り組みが不可欠でした。それが、学力低下論議に押されて腰砕けになってしまったのが残念でなりません。

 《九門さん》2人のお子さんそれぞれがご自分の道を明確に選び取ったことを、うれしく思います。兄弟でも、能力・適性、興味・関心は異なります。一人ひとりの子どもが自己を肯定する気持ちになってほしい。自分は社会の中で何らかの役目を果たせるんだという自信を身につけ、適した進路を見つけてほしい。それを願って個別化を進めました。皆が好き勝手をするためではありません。母親として不安もあったかもしれませんが、いい子育てをなさいましたね。

 ●先生に質問!

 《記者からの質問》

 偏差値に代わって、子どもたちの「学力」を計る物差しはあるでしょうか。

 《寺脇教授の答え》

 学力を計る単一の物差しはありません。学力テストは、コミュニケーション能力や教科を超えた総合的思考力、芸術文化を理解したり表現したりする力を計ることに関しては無力です。また、長い人生を通して蓄積されていく人間の力を見通すことはできません。あえて何か物差しめいたものを挙げるなら、子どもそのものでしょう。親が子を、教師が生徒を、地域の大人が地域の子を、真剣に見つめ真摯(しんし)に対話する中で、目の前にいる子どもが身につけつつある力を実感することができるのだと思います。子どもがどんな言葉を使ってどんな話をしてくれるのかに耳を傾ければ、その子の理解力や表現力などを感じ取れるはずです。それを継続して行えば、成長の度合いもわかってくるに違いありません。

 ◆もっと知りたい人へ

 「この国の教育のあり方」(山口隆博編、アルク)▽「21世紀の学校はこうなる」(寺脇研、新潮OH!文庫)▽「格差時代を生きぬく教育」(寺脇研、ユビキタ・スタジオ)▽「教育3.0 誰が教育を滅ぼすのか」(宮川俊彦・寺脇研、ディスカヴァー・トゥエンティワン)=8月に刊行予定

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