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紙上特別講義

「困った子」たちの未来:1(井上教授)

2007年12月08日

 親や周囲の理解不足から無理に矯正しようとし、心に傷を負う例もあります。

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 対人関係が苦手で、特定の物事にこだわるといった特徴がある「アスペルガー症候群」の子どもたち。周囲の理解不足から、学校などで「困った子」とされてしまうこともあります。けれども大きな可能性を持っている、と芦屋大大学院アスペルガー研究所長の井上敏明教授(72)は言います。

 進学塾が林立する兵庫県西宮市の阪急西宮北口駅前に「六甲カウンセリング研究所」を開いて30年以上たちました。受験勉強によるストレスから生じる不眠や無気力症、そして不登校の子どもらと多く接してきました。その中で、勉強は驚くほどできるのに、集団になじめない「アスペルガー症候群」=キーワード(1)=の子どもの存在に深い関心を持ってきました。

 この障害を持つ子の特徴は、対人関係能力の欠如にあります。他人の感情をうまく理解できないため、「背が低いね」などと悪気なく失礼なことを言ってしまい、相手が怒っても理由がよくわからない。

 特定の物事や習慣に極端にこだわる傾向があり、同じ種類のミニカーばかり集めたり、成長してからも時刻表や辞書を隅々まで読んだりする行動に表れます。やめさせようとするとパニックに陥ることもあります。聴覚や触覚などの知覚が過敏なため、拡声機の音など特定の刺激をひどく嫌がる場合もあります。

 そうした振る舞いが「変わった子」や「わがまま」と映り、集団の中で孤立し、いじめに遭うことも多いようです。

 先天的な脳機能の障害と考えられ、育て方とは無関係なのですが、「親のしつけが悪い」と誤解されがちです。無理に直そうとしてストレスによる自我のゆがみを大きくし、心の深いところに問題を生じさせてしまう例を多くみてきました。

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 案外知られていないのは、特定分野への強い興味や関心が、後に偉業に結びつくことです。「万有引力の法則」を発見したニュートンや、相対性理論の基礎を築いたアインシュタインについて、海外の専門家は、特異な言動などから同症候群との関連を指摘します。個人的には、子ども時代にとっぴな行動から「うつけ者」とされた織田信長もそうだと思います。

 数学的な思考の優秀さや、抜群の記憶力、感覚の鋭敏さにより、研究者や芸術家として成功する人は少なくありません。しかし、日本でアスペルガー症候群が知られるようになったのは、不幸にも重大犯罪とされる少年事件=キーワード(2)=との関係でした。ここ数年のことです。そして、様々な配慮から「アスペルガー」という言葉自体が報道機関によって避けられ続け、理解が妨げられたように感じます。

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 最近、小学生の息子が精神科医から同症候群と診断され、ショックを受けた母親が相談にきました。私は世間の目を気にするのは後回しにし、息子の特性を受け入れ、無理に矯正しようとせず、むしろ伸ばすようにと話しました。「ノーベル賞級の科学者になるかも知れませんよ」。そう言うと、ほっとしていました。

 05年4月に発達障害者支援法が施行されましたが、教育現場での理解はまだ不十分です。そうした子どもと接する機会の多い教師を支援するため昨年、芦屋大大学院に「アスペルガー研究所」を開きました。次回は、研究所が取り組むべき課題について話します。

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 井上敏明(いのうえ・としあき)臨床心理学博士。六甲カウンセリング研究所(兵庫県西宮市)の所長として、特に教育現場にかかわる臨床経験を積んできた。現在は芦屋大大学院アスペルガー研究所長も務める。著書に「アスペルガーの子どもたち」「適応障害とカウンセリング」など。

 ◆キーワード

 (1)アスペルガー症候群 1944年にオーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが報告した発達障害。自閉症などと合わせ「広汎(こうはん)性発達障害」と呼ぶ。自閉症と異なり、言葉の発達の著しい遅れはない。相手の感情や言葉のあやを読み取ることが困難な特徴がある。全人口で1%ほどとされる。

 (2)少年事件 00年5月に愛知県豊川市で近所の主婦を殺害した少年(当時17)や、03年7月に長崎市で起きた男児誘拐殺人事件の加害少年(当時12)らが精神鑑定でアスペルガー症候群と診断された。杉山登志郎・あいち小児保健医療総合センター心療科部長によると、治療をした500人中、触法行為があったのは4.5%。万引きなどの軽微な事案が大半で、背景にいじめなどの迫害体験がみられた。

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