現在位置:asahi.com>教育>大学>紙上特別講義> 記事 「困った子」たちの未来:3(井上教授)2007年12月29日 障害をカバーする力を育む「治療教育学」の思想を大切にすべきでしょう。 アスペルガー症候群の子どもたちが持つ優れた才能を伸ばすためには、医療や福祉の面だけでなく、特に教育の分野で本人やその家族をサポートする態勢が重要だと井上教授は指摘しました。海外の取り組みも参考に、「個性」として理解されるための手だてを考える必要があります。今回は「宿題」への「答案」を、井上教授の講評とともに紹介します。 ◇ 【宿題】あなたの五感の中で一番敏感なものは何ですか。得したり、困ったりした体験をまじえてお寄せください。 ○「変わった子」英国で生き生き 柳澤美月さん(72)=主婦、大阪府吹田市 三男が小学生のころ、塾でふだん使用を禁止されている非常階段を猛スピードで降り、先生にしかられた。もし火事があった時、教室から何分で避難できるのか、気になって勉強に集中できなかったというのだ。先生からは「協調性がない」と指摘された。 小学校では片づけができず、教師から「おまえの机はゴミ箱か」と言われた。親として反省した。でも本人は本が好きで、図書館に居場所を見つけた。私は可能性を信じ続けた。 私立中学に進み、担任から「個性的ですが、本人に合った教育をすれば伸びます」と言われ、お任せした。大学を無事卒業し、今は旅行会社のロンドン支店のIT部門で働いている。「変わった子」と周囲から言われ、友達ができないのではと心配もしたが、取り越し苦労だった。遠い異国で4カ国語を使って生き生きと働いている。 アスペルガー症候群「的」な子どもにある無限の可能性を信じ、才能を伸ばしてくれた先生との出会いがいかに重要だったか。感謝の念を持って今も過ごしている。 ○娘出産後、聴覚過敏でやつれた私 久保典子さん(55)=パート、広島県廿日市市 娘を出産した後、特に聴覚が過敏になりました。母性がそうさせるのか、娘が泣くとすぐ起き、一晩に4、5回哺乳(ほにゅう)瓶でミルクをつくり、授乳する作業は産後の体にはきつかった。 出産した病院で1カ月検診を受けた時、医者から「赤ちゃんは身長、体重とも順調ですが、お母さんはやつれましたね」と言われた。娘のちょっとした気配にも目が覚めてしまい、慢性的な睡眠不足で目の下にくまができていた。 「少しぐらいおぎゃーと泣いても寝ていられるくらいずぶとくならないと身が持ちませんよ。あんまりたびたび授乳するから赤ちゃんは少ししかミルクを飲まない。間隔を空けるとおなかがすいてたくさん飲むので楽になりますよ」と助言された。 母親が元気でないと子にもしわ寄せがいく。助言通りにすると、娘が夜起きる回数も減り、眠れるようになった。今だからこそ懐かしいエピソードだが、18年たった今でも夜間の雨や風の音、電話の声、テレビの音声が気になる。敏感過ぎるのも良しあしだと実感している。 ◇講評 《柳澤さん》ご本人もお気づきの様子ですが、息子さんにはアスペルガー的な特性を感じます。注意はしてもむやみに強制せず、おおらかに子育てされたのがよかったのでしょう。秘められた資質を信じ続けられたことは、素晴らしいと思います。日本での生活になじめなくても、海外ではうまくいっているという例をよく聞きます。その国は、異質さが個性として受け入れられる社会なのでしょう。考えさせられます。 《久保さん》お医者さんの助言がまさにツボにはまった感じなのでしょう。ほかの投稿でもありましたが、聴覚だけでなく、嗅覚(きゅうかく)や触覚などの過敏さが子育てするうえで問題になることもあるようです。皆さんもあまり思い詰めず、医者や周囲の人たちの言葉に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。すっと楽になることでしょう。五感というのは人それぞれに異なります。自分や家族がお互い何にこだわるのか、改めて考えてみるのもいいと思います。 (芦屋大大学院教授 井上敏明) ◆先生に質問! 《記者からの質問》 アスペルガー症候群をめぐる研究の歴史を教えてください。 《井上教授の答え》 ハンス・アスペルガーの論文は1944年の発表ですが、長く日の目を見ず、81年に英国の児童精神科医ローナ・ウイングによって「アスペルガー症候群」と名づけられてから、広く知られるようになりました。アスペルガーが研究を進めた当時は、ナチス・ドイツによる人種政策が進められており、障害者らが排除されようとするなか、彼らを治療可能な存在と位置づけて一人でも多く救おうとしたのではないかと考えられています。 脳機能の障害とされていますが、遺伝的なものか後天的なものかはよくわかっていません。障害をカバーする能力を育み、社会生活できるようにする「治療教育学」を提唱した彼の思想こそ大切にすべきでしょう。 ■もっと知りたい人へ アスペルガー症候群と高機能自閉症の理解とサポート(杉山登志郎編著、学研)▽ガイドブック アスペルガー症候群(トニー・アトウッド著、東京書籍)▽アスペルガー的人生(リアン・ホリデー・ウィリー著、東京書籍)▽アスペルガー症候群がわかる本(クリストファー・ギルバーグ著、明石書店)▽発達障害と子どもたち(山崎晃資著、講談社) 紙上特別講義 バックナンバー
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