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妖怪と現代人:1(小松教授)

2008年4月5日

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 鬼は人々の恐怖の表れ。

 そこには、日本人の歴史や、心の世界が投影されます。

    *

 例えば、酒呑童子の物語は、山での宗教対立の暗示でしょう。

 日本人は古代から、たくさんの妖怪を生み出してきました。いまも、妖怪が登場するマンガや小説が人気です。妖怪研究の第一人者で「妖怪博士」の異名も持つ、国際日本文化研究センターの小松和彦教授(60)は「妖怪を通じて、日本人の歴史やその心の世界を垣間見ることができる」と言います。

 「真っ暗な夜道を歩いていると前に壁ができて進めないような感覚になった」「谷川から聞き慣れない音がする」――。こんな日常の不思議な体験や音、においなどを人々は「ぬりかべ」「小豆洗い」などと呼んで妖怪=(1)=をつくり出しました。「名づけ」をすることで、不安や警戒心、恐怖心をコントロールしようとしたのです。

 古くは「古事記」や「日本書紀」にも、ヤマタノオロチなど妖怪と言ってもいい存在が登場します。

 私たちが全国を調査したところ、3万5千件もの妖怪や不思議な現象の事例が集まりました。怪異・妖怪伝承データベース=(2)=にまとめたので、のぞいてください。

 妖怪を研究する学問「妖怪学」は明治時代にできました。哲学者の井上円了らが、妖怪を「迷信」とみなして撲滅を試みました。例えば「大入道」。月の光がつくった大木の影を見誤ったものだ、と科学的知識を動員して説明しました。近代日本を立ち上げるため、非科学的なものは邪魔と考えたのでしょう。

 一方、大正から昭和初期に活躍した民俗学者の柳田国男は、近代化で消えていく農村の文化や生活を記録するべきだと考えました。妖怪も記録の対象とみなしていました。

    *

 私が提唱する妖怪学は、妖怪の撲滅でも保存でもありません。妖怪を育んできた日本文化を見つめることで、人間や社会が抱える恐怖心や不安、嘆きなどを浮き彫りにできるのではと考えています。

 妖怪と言えば、鬼やかっぱ、てんぐが代表です。

 「酒呑童子(しゅてんどうじ)」という鬼がいます。平安時代、京都の西の大江山に住み、都に出没しては、人をさらって食べるなどの悪さをしました。酒呑童子は、勅命を受けた討伐隊に退治される直前、こう語りました。「私は先祖伝来の土地だった比良山を桓武天皇と伝教大師に追われた」と。私はこの言葉に注目します。

 酒呑童子の物語は、土着の神々を信奉する山岳修行者たちが、新しく日本に伝来した仏教によって活動の場を追われた経緯を暗示しているのではないか、と思うのです。「先住者=敗者=鬼、征服者=勝者=人間」という関係性が浮かび上がります。

 室町時代の「百鬼夜行絵巻」には、夜の大通りを、妖怪と化した琴や傘、大鍋などが練り歩く様子が描かれています。「付喪神(つくもがみ)」です。当時、道具は100年たつと霊を宿して人をだますと信じられ、人々は99年間使ったら捨てていました。怒った道具たちは、節分の夜に妖怪変化の力を得て、人間や牛馬をさらって食べたとされます。人々の、もったいないという後ろめたさの投影なのでしょう。

    *

 ここ10年ほど、妖怪熱が高まっています。「ゲゲゲの鬼太郎」や前身の「墓場鬼太郎」がドラマやアニメになり、妖怪が登場する小説も売れ、相次いで映画化されています。

 なぜ、いま妖怪に人々の関心が集まるのか。次はそれについて話します。

    ◇

 小松和彦(こまつ・かずひこ) 国際日本文化研究センター教授。東京都立大大学院博士課程修了。信州大助教授、大阪大教授を経て、97年から現職。専門は、文化人類学・民俗学。著書に「日本妖怪異聞録」(講談社学術文庫)、「妖怪文化入門」(せりか書房)、「妖怪学新考」(洋泉社新書)など。

◆キーワード

 (1)妖怪 小松教授によると、「妖怪」という言葉や概念は、明治時代につくられた。小松教授は、「人々が、合理的、科学的には説明できない不可解な現象や存在とみなし」、なおかつ「祭られていない」ものと定義する。祭られていれば、その存在は「神」になってしまうと説明する。

 (2)怪異・妖怪伝承データベース 国際日本文化研究センターが作成した。全国各地の郷土史や民俗学の文献に記された怪現象やもののけに関するデータを収録。キーワードを入力すると、伝承事例を検索できる。妖怪の絵画やイラストは収められていないが、人気があり、02年の開設以降、閲覧件数は91万件を超す。アドレスは、http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiDB/。

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