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金沢工業大学学長 石川憲一氏

2007年6月16日

◆「教育付加価値日本一の大学」を目指す

写真金沢工業大学学長 石川憲一氏
写真おタスケケータイを説明する看板

 地方にありながら学生本意の様々な改革を成功させ、注目を集めている金沢工業大学(石川県石川郡野々市町)。全国の大学関係者らがひっきりなしに視察に訪れ、いまや「大学改革といえば金沢工大」とまでいわれるようになり、大学生き残り策の見本のような存在だ。1994年就任当時、最年少学長といわれ、こうした一連の改革をリードしてきた石川憲一学長に話を聞いた。

 ――キャンパスが地方にあり私立大学、おまけに理科系といった条件は、大学の生き残りをかけた競争が激しくなるなか、不利な条件ばかりだと思います。しかし、大胆な改革が功を奏し、いまや「大学改革の旗手」といった存在ですね。そもそも改革のきっかけは何だったのでしょう。

 石川 指摘されたような不利な条件が多いこともあり、1965年の大学開学当初から改革していかないとやっていけない、という気持ちでした。例えば、入試会場を大学キャンパス以外の地方でも実施することや、高校の進路指導部行脚、教員の半分が企業経験者といったことは、いま大学では珍しくなくなりましたが、金沢工大は早い時期から実施してきました。今も「日々、改革」という気持ちで教職員一丸となって、学生本意の大学改革を進めています。

 1995年度から本格的な改革をスタートさせたのですが、きっかけは1991年の欧米の大学視察でした。当初は教育より研究の改革を進めようと、デューク大学やオクラホマ大学など優れた研究実績を持つ大学を視察に行きました。しかし、こうした優れた大学を回って分かったことは、どこも大学が研究するのは当たり前で、むしろ人材育成、教育改革に熱心であることでした。大学は高等教育機関なのだから、いかに学生を育てるかということが最重要課題であるという当たり前のことに気付かされました。日本の大学は研究にスタンスが行き過ぎ、人材育成に手抜きがあったのではないか、と反省しました。

 ――その反省点については最近、少子化を背景に国公立大学の法人化が進み、大学間競争が激しさを増すなか、大学教育に対する一般の関心が高まり、盛んに指摘されるようになっていますね

 石川 この視察を受けて翌92年に教職員の代表15人で構成された委員会を設置。私も当時は教務部長の立場で参加し、具体的にどんな教育改革を実践するかを100回を超す激論を重ね検討してきました。そんななか突然、51歳の私に学長をやれという話がきました。当然、私は若かったので最初はお断りしました。でも、改革を何が何でも成功させるためには「成功するまで何年かかってもあきらめずに続けろ」「失敗しない方法は成功するまでやることだ」などという大先輩の激励におされて、94年に学長に就任し、95年度からそうした議論を踏まえた「学生主役の大学」を掲げ、一連の改革を進めきました。

 ――学生主役というのは、具体的にはどういうことですか。

 石川 学生に勉強させるというのではなく、学生自ら学ぶ教育を実践し、その積み重ねから社会が求める「自ら行動する技術者」の育成を目指そうということです。私は折にふれて言うのですが、「education」という言葉を「教育」と訳していますが、それは訳し方を間違ったのではないか。「能力を引き出す」というのが本来の意味としてふさわしいのであって、教職員はこうした観点に立って、学生を指導し、教育環境を整えていくべきではないか、と。「年間300日活動できるキャンパス」といった具体的なシステムは、そうした考えを具体化したものです。

 ――しかし、教育改革を進めようとしていた時期は、定員の10倍程度1万人を超える志願者を集める人気のあった時代でした。そんな性急に改革を進めなくてもいいのではないか、という声は学内にもあったのではないですか。

 石川 ないことはなかったですね。数学や物理、化学といった基礎科目を、学生個々のレベルに応じて気軽に学べるようにしようと常時、教員が待機している場所、工学基礎教育センターを2000年4月に開設しました。その際、先生らに研究室から出て、そちらへ移ってもらうのに1年かかりました。先生らにとって研究室は自分の城のようなもので、研究には都合の良い環境だったかもしれませんが、学生から見れば、「ちょっと質問に行ってみよう」という環境ではなかなったのです。学生のことを考えるとやはり質問しやすい、相談しやすい環境を作る必要があるわけで、そのために、センターをつくり教員に1カ所に集まってもらおうと、先生らから城を明け渡してもらいました。日曜日以外、30人の教員がチューターと呼ばれる個別指導員として待機し、学生が質問しやすい環境をつくりました。講義で分からないことがあれば、気軽に訪れマンツーマンでも教えてもらえるし、都合で欠席したりした場合など、2週間遅れで同じ講義を聞ける講座も設けています。こうした多彩な学習支援の結果、いまでは年間延べ1万5000人を超える学生が利用しており、これは1年生の8割に当たります。

 こうした改革は、少子化が進み大学入試年齢と言われる18歳人口が急激に減っていくのは分かっていましたから、早急にやらないといけない、のんきに構えてはいられませんでした。現に、金沢工大の志願者も1998年度に1万人を割って以来大幅に減り続け、2002年度には5000人を切り半減しました。しかし、一連の教育改革の効果がじわじわと出始め、2004年度には7000人を超え、2006年度には9000人を超すところまで回復しました。教職員には、改革の効果が出るには10年かかる、と言っています。従って、最初にお話ししました「日々、改革」を実践していないと大変なことになってしまうのです。逆に地道に改革を続けていると、学生たちが頑張ってくれて2006年度実績で99.8%の就職率を達成し、約6割の学生がトヨタやホンダ、NECなどの有名・大手企業に就職しています。また、全47都道府県から学生が集まり、石川県以外出身の在学生が7割を超す全国区の大学になっています。

 ――工学基礎教育センターなど、学生が自ら学ぶために「年間300日活動できるキャンパス」を保証するいろいろな施設、システムがつくられていますね。

 石川 学生が自ら学ぶ教育を掲げている以上、学生が学びたい時に学べる環境をつくらなければいけません。それをそのまま実現したのが、「365日24時間オープンの自習室」です。年間延べ64万人が利用しています。さらに今年度から工学基礎教育センターの教員らが「おタスケケータイ」という制度を始めました。これは数学と物理などをあわせた「数理工統合」というオリジナルの基礎科目を設けていますが、その講義で分からないことがあれば、その分からないテキストの部分を携帯電話のカメラ機能で写して質問を書いたメールに添付して送ると、担当教員から24時間以内にメールでヒントを返す、というものです。教員は大変ですが、学生の学びたいという意欲に応えるため日夜頑張っています。

 技術者としてIT時代に対応していかなくてはなりませんので、入学時にパソコン所持を義務づけ、約7000人の全学生が使いこなしています。いまやパソコンは必需品です。1年次に「コンピュータ基礎演習」などを必修科目にし、表計算や数式処理の操作方法やネットワークへの接続方法などを身につけてもらいます。キャンパス内は無線LANシステムが充実している一方、ネットワークへの接続口も学生が集う教室などパブリックスペースに7000カ所設置。大学が紹介するアパートのうち4100室でもキャンパスネットワークにアクセスできるインターネットサービスが利用可能になっています。この恵まれたIT環境を利用して、修学サポートも始めました。学生一人ひとりに専用のホームページを設けて毎朝、学内のキャンパスネットワークに接続すると内容が更新されており、宿題や休講・補講情報を見ることをはじめ、レポート提出もできるようになっています。もちろん、そのレポートは電子情報として蓄積され、4年間の自分のポートフォリオとして自己能力の向上を確認することができます。

 このほか、年間339日開館している大学図書館「ライブラリーセンター」は12階建てで、約50万冊の蔵書や1万巻を超える映像資料を有する工学系では日本有数の施設です。レポートや論文の個別指導をするためには「ライティングセンター」を、英語力を向上させるためには「基礎英語教育センター」を設けるなどしています。なかでも、ロボットやソーラーカーの活躍などで知られるようになりました「夢考房」は、机上で学んだ理論を実学につなげるアトリエで、年間320日、平日は夜9時まで、土曜・休日は夕方5時まで開いており、授業以外で学生たちがチームを組み、ソーラーボートなどの「ものづくり」に没頭しています。最近では、この夢考房でものづくりをしたいから、と入学してくる学生が出てくる一方、夢考房で車づくりに携わった学生が自動車メーカーにそのまま技術者として採用されるケースもありました。

 ――大学の講義にも工夫されていますね。「数理工統合」といったオリジナル科目を設ける一方、科目のシラバスに数値目標などを示し指標化していますね。こうすることによって学生が自分でどのような能力が身につくのか具体的にイメージできます。日本の教育では数値化を否定的に見る考えや、評価を受けても、教師側の主観的な評価であるケースが多く、だれが見ても理解できる基準が示されないことがまかり通っているように思います。

 石川 そうかもしれません。金沢工大では例えば、大学生として学習に取り組む姿勢や方法などを学ぶ「修学基礎」という必修科目がありますが、1年生の最初の講義で「学長講話」として私自身が学生に求めるものについて具体的に講義します。その際のシラバスには例えば、達成度評価のポイントを「レポート50」とし「知識を取り込む力25」「思考・推論・創造する力25」といったように数字で具体的に示してあります。また、この講義1回に対してどんな予習・復習が必要で、どの程度の時間がかかるかといったことも示しています。さらに一連の講義の最後に必ず「自己点検授業」を1コマ入れています。出席やレポートの提出状況を確認する一方、各種レポート・テストなどの返却を受け、学生自らがこの授業で身につけたことを確認することになっています。こうしたことはすべての科目で実施されています。学生自身が自分の学力が具体的に実感できる一方、教員から見れば学生の能力を高める講義ができたか、が一目瞭然(りょうぜん)。授業改善の道を探ることができ、教える能力を向上させるきっかけにできます。

 ――今後も「日々、改革」ですか。今後の展望を聞かせてください。

 石川 社会から必要とされる大学にならなければならない。今後も18歳人口は低空飛行のままですが、そんななかでも、「金沢工大に入りたい」という志願者が多ければ多いほど、社会から必要とされている大学であることの証明になると思うので、その希望に応えられる支援体制をさらに充実させていかなければいけません。「学生が自ら学ぶ」教育の実践をさらにブラッシュアップし、4年間、金沢工大で学んでもらえば、社会で通用する「自ら行動する技術者」になれると断言し続けられるようにしていきたいですね。学力と人間力を学生自らが高めていける「教育付加価値日本一の大学」を目指して、教職員一丸となって「日々、改革」を実践していきたいと思ています。

【略歴】1943年生まれ。金沢大学大学院工学研究科修士課程修了。77年に金沢工業大学教授となり、93年から副学長、94年から現職。大学コンソーシアム石川副会長、日本工学教育教会常任理事・事業企画委員長なども務めている。

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