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【READING PRACTICE】

上級をめざす英文精読講座

薬袋 善郎 薬袋塾代表

 夏目漱石が東京帝大英文科を卒業した後、東京高等師範学校の講師を経て『坊ちゃん』の舞台となった伊予の松山中学に赴任したのは明治28年、漱石28歳のときです。わずか1年間でしたが漱石がそこで学生たちに講じたのはWashington Irvingの “The Sketch Book”(1820)です。そのときの学生で後に東京帝大医学部教授になって漱石の主治医も勤めた真鍋嘉一郎によると、漱石の講義ぶりは次のようだったそうです。

 「夏目先生は … 教壇に上ると机に頬杖(ほおづえ)を突いたまま右の手に持った鉛筆を振り振り通りのいい静かな落着きのある声で講義をしていかれ、しかも何ともいえない、しめやかな、美しい言葉を使われるので、いつの間にかその講義の中へ引っ張り込まれてしまったものだ。… 言葉ばかりか、文章の解剖までして、シンタツキスの説明がやかましい。ムードの使い方はいうまでもなく、このアドヴァーブはどういうわけでここに置いてあるかなぞと来る。そんなふうで一時間に三行か四行しか進まず、一年間に四章くらいしか済まなかったものだが、その代わりによく頭脳へ入る。英語というものはこんな物かと、初めて解ったような気がした。」(伝記・真鍋嘉一郎)

 今回は、この “The Sketch Book”の序章The Author's Account of Himselfから一節を引きました。

【問】下線部を和訳しなさい。

 I had, besides all this, an earnest desire to see the great men of the earth. We have, it is true, our great men in America: not a city but has an ample share of them. I have mingled among them in my time, and been almost withered by the shade into which they cast me; for there is nothing so baleful to a small man as the shade of a great one, particularly the great man of a city. But I was anxious to see the great men of Europe; for I had read in the works of various philosophers, that all animals degenerated in America, and man among the number. A great man of Europe, thought I, must therefore be as superior to a great man of America, as a peak of the Alps to a highland of the Hudson;

【解説】

 besides all thisのthisはこの前に書かれている部分を受けていて「ヨーロッパの美術、建築物、風習に直接触れてみたいという願望」を指しています。not a city but has …の部分は、not a cityをhasの主語にしてbutを副詞(=only)に捉(とら)えた人もいるかもしれません。しかし、これではまったく意味が通りません。ここは、not a cityの前にthere isが省略されているのです。完全な文にするとthere is not a city but has an ample share of them.です。「あぁ、これなら高校のときに習った記憶がある」という方も多いと思います。これは高校ではThere is no rule but has exceptions.(例外のない規則はない)という例文で勉強する二重否定の構文です。

 このbutは辞書には関係代名詞として載っています。関係代名詞のbutは使い方にいくつかの制限があります。まず、必ず主格で使います。したがって、常に「but V」という形になります。次にbutの中にnotを含んでいます。したがって「先行詞 but V」は「Vしない先行詞」という意味で「先行詞 that do not V」に書き換えられます。さらに、主節は必ず否定文かまたは否定の意味の修辞疑問文で、文全体は「二重否定⇒肯定」の意味を表します。したがって「There is no 先行詞 but V」は直訳すると「Vしない先行詞はない」となり、これは「全ての先行詞はVする」という意味になります。

 主節が「否定の意味の修辞疑問文」だとWho is there but commits errors?(過ちを犯さない誰がいるだろうか⇒過ちを犯さない人はいない⇒誰でも過ちを犯す)となります。あるいは、I am not such a fool but can appreciate it.(私はそれがわからないような愚か者ではない)というように使われることもあります。

 こういう次第ですから、本文のnot a city but has an ample share of themは「たっぷりの数の偉人を持っていない都市はない⇒どんな都市にも偉人はたくさんいる」という意味です。

【参考試訳】

 これに加えて、私は世界の偉人たちに会いたくてたまらなかった。たしかにアメリカにも偉人はいる。どこの都会にも偉人はたくさんいる。私も若い頃はそういう人たちと交わったこともあった。ところが、私は彼らの影に蔽 (おお) われて殆 (ほとん) ど萎縮したも同然の状態になってしまった。というのも、小人物にとっては、偉人、とりわけ都会の偉人の影ほど有害なものはないからだ。しかし、それでも私はヨーロッパの偉人に会いたくてならなかった。そのわけは、いろいろな哲学者の書いたものを読んだところによると、アメリカではすべての動物が退化し、人間もその例に漏れないということだったからである。それゆえ、アルプスの頂きがハドソン河畔の高地にまさるのと同様に、ヨーロッパの偉人もアメリカのそれより優れているに違いないと私は思い込んだのだ。

 (毎月第1週・第3週に掲載します)

Asahi Weekly, March 4, 2007より

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