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【英語を旅する】
英語の発達(4)寺澤盾 東京大学大学院助教授 ブリテン島に渡来したアングル人、サクソン人、ジュート人、フリジア人は七王国を築き繁栄したが、その栄華は長くは続かなかった。侵入者であったゲルマン民族が今度は、8世紀末以降北欧からデーン人の侵入に悩まされることになる。ヴァイキングとも呼ばれたこうした北欧人は、デンマークから来たデーン人の他にノルウェー人も含み、リンディスファーンを始めとする修道院や町を襲い略奪行為を働いたが、9世紀中ごろ以降、英国の北部、東部、北西部に定住するものも現れた。七王国の一つウェセックスのアルフレッド大王(849−899)は878年にデーン人と条約を結び、ロンドンからチェスター方向へ延びる線の東北側をデーン人の法で統治できる地域----デーンロー(Danelaw)----と認めた(地図参照)。これによって、一時的には、さらなるデーン人の進出を抑えることはできたが、1016年にはデーン人のクヌートが英国王になるという事態が起った。 ヴァイキング時代と呼ばれる8世紀半ばから11世紀半ばまでの間に、英語は北欧語の影響を強く受けることになる。当時の北欧語は古ノルド語(Old Norse)と呼ばれ、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語といった現代の北欧諸語の祖先に当たる。まず語彙 (い) 面では北欧語から多くの語が借用された。(ただし、実際に北欧語が文献に多く現れ始めるのは中英語初期からである。) 英国の地図を見てみると、かつてデーンローであった地域にDerby, Rugby, Whitbyなどの -byが付く地名(600カ所以上)やAlthorp, Bishopsthorpeなど-thorpの付く地名(約300カ所)が多いことに気付くが、-byや -thorpは北欧語で「町」や「村」を意味する。またAnderson, Johnson, Stevensonなどにみられる -sonは、-senを用いた北欧の命名法にならったものである。したがって、英語名Anderson(原義「アンドリューの息子」)は北欧人名のAndersen(アンデルセン)に対応する。このような命名法を父称(patronymic)というが、英語では本来の-ing(Browning原義「ブラウンの息子」)の他に、ケルト系のMac-(Macdonald, McDonald原義「ドナルドの息子」)やO'(O'Brien原義「ブライアンの息子」)、フランス系のFitz-(Fitzgerald原義「ジェラルドの息子」)など多種多様である。 一方、古英語期に借用された北欧語の多くは、現代英語の日常的な語彙を形成している。動詞では、call, die, hit, smile, take, wantなど、名詞ではhusband, knife, leg, skin, skirt, sky, Thursday, windowなど、形容詞ではill, loose, odd, weak, wrongなどが北欧語起源である。興味深いことに、北欧語からdieという動詞を借用した結果、古英語で「死ぬ」を意味したsteorfanの意味は限定され、現代英語のstarve「餓死する」となった。wantは、古ノルド語のvanta(欠いている)にならい、最初は「欠く、持たない」を意味し、現在のように「欲する」の意味で用いられるようになったのは18世紀初めからである。wantにみられる意味変化は、「持っていないと欲しくなる」という我々人間の性(さが)を反映している。また、skirtは古ノルド語のskyrtaに由来し、英語にもともとあったshirt「シャツ」と同語源である。skyrtaは北欧人が昔着ていた「裾 (すそ) の長いシャツ」を指し、これがズボンの上まで垂れ下がっていたので「スカート」の意味が生じた。このように本来は語源が同じであるが、語形と意味が異なる一組の語を二重語(doublet)という。また、英語と北欧語の間には意味借用もみられる。英語のdreamは古英語では「喜び」を意味したが、現在のように「夢」を意味するようになったのは古ノルド語のdraumr(夢)の影響があると考えられる。 北欧語の影響は、代名詞、接続詞といった基本語彙にまで及んでいる。古英語の三人称複数の代名詞はhie, hira, himという形であったが、それが古ノルド語に由来するthey, their, themに置き換わり、前置詞・接続詞のtillも北欧語起源である。こうしたいわゆる機能語が外国語から借用されるのは非常にまれなケースである。(英語であふれる現在の日本語でもheやsheが「彼」、「彼女」に取って代わる事態はおそらく起こらないであろう。)このことは、ヴァイキング時代のブリテン島で英国人と北欧人が日常的に密接な交流をしていたことを反映している。 Asahi Weekly, July 23, 2006より
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