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【英語を旅する】
英語の発達(6)寺澤盾 東京大学大学院助教授 1016年にデーン人のクヌートが英国の王位に就いたことにはすでにふれたが、1042年にエドワード王(1003?-66)が王位を北欧人から英国人に奪還したのもつかの間、アングロ・サクソン系の王朝が再び途絶えることになる。なお、エドワード王はウエストミンスター寺院を建立し、熱心なキリスト教徒として晩年を祈りに捧(ささ) げたため、証聖王(the Confessor)と呼ばれる。 1066年エドワード王が亡くなると、ハロルド2世が王位についた。しかし、エドワード王の母と血縁関係にあり、フランス北西部のノルマンディーの公爵 (こうしゃく)であったウィリアムも王位を主張する。そして、有名なヘースティングズ(Hastings)の戦いにおいてハロルドを破り英国王ウィリアム1世として即位した。これがノルマン征服と呼ばれる事件で、その様子はフランス西部の町バイユーにある絵巻物風の刺繍 (ししゅう)壁掛け(長さ約70m、幅約50cm)に描かれている。そして、この一大事件によって、その後、約200年間は征服者の言語であるフランス語が宮廷、議会、法廷などで用いられることになり、英語は表舞台からしばらくの間、姿を消すことになる。 さて、ウィリアム1世の話していたフランス語はフランス語といってもノルマンディー方言(ノルマン・フレンチ)であり、中英語初期のころ英語に入ってきたフランス語は主にこの方言であった。1154年にヘンリー2世が即位しノルマン朝からプランタジネット朝に移行するが、この王は、フランス王を凌(しの)ぐほどの広大な領地をフランスに持っていたので、以降はパリのフランス語(セントラル・フレンチ)が英語に影響を与えることになる。ノルマン・フレンチとセントラル・フレンチは、しばしば同じ語でも発音・綴(つづ)りが異なることがあったため、同語源の言葉が英語に2つの方言から借用されていることがある。例えば、catchはノルマン・フレンチから入り、chaseはセントラル・フレンチから借用されたが、いずれも同じラテン語captareに由来する。つまり、catchとchaseは語源を同じくするが、形と意味が異なる二重語の例となる。両者の意味の関連は ――「追いかけて(chase)、捕まえる(catch)」―― 容易に見て取れるであろう。 中英語の間にフランス語から借用された語の数は、約1万ともいわれ、そのうち約7,500語が現代英語に伝わっている。フランス語借用語は多岐にわたる分野に及ぶ。政治、法律、経済の分野では、bill(法案)、parliament; court, judge, prison; money, rent(地代)が、フランス語からの借用である。貴族の位を表す語も、duke(公爵)、marquis(侯爵)、viscount(子爵)、baron(男爵)がフランス語系で、古英語以来の称号としては、earl(伯爵)とknight(ナイト爵)だけが残った。宗教関係の用語は、古英語と同様ラテン語からの借用が多いが、clergy, pastor, religion, sermon, theologyなどはフランス語に由来する。軍事用語もarmy, battle, defense, enemy, soldier, standard(軍旗)、warなどフランス語に負うところが多い。 衣装・アクセサリー関係でも、apparel, coat, dress, fashion, gown, robe; diamond, jewel, ornament, pearlなど多くのフランス語を取り入れている。また、調理用語boil, broil, fry, grill, roastはすべてフランス語からの借用である。食肉の名称であるbeef, mutton, pork, veal(子牛肉)、venison(鹿肉)なども同様である。興味深いことに、食肉に対応する動物・家畜名であるox, sheep, swine(豚)、calf, deerは、古英語から伝わる本来語である。(なお、pigは古英語期にはみられない。)これと似た傾向を示すものは、素材・製品とそれを用いる(または造る)職人名である。arrow, cloth, meat, stone, woodはいずれも本来語であるが、対応する職人名はfletcher(矢羽職人)、tailor, butcher, mason(石工)、 carpenterであり、すべてフランス語に由来する。 数は少ないが、日常語もフランス語から借用されている。親族名称のうちparent, uncle, aunt, nephew, niece, cousinはフランス語からの輸入である。grandfather, grandmotherは、英語本来のfatherやmotherにフランス語のgrandをつけたもので、語源の異なる語を組み合わせた「混種語」(hybrid)である。身体を表す語は本来語が多いがfaceはフランス語からの借用である。なおフランス語では「顔」を表す場合、現在では、faceがすたれvisageが用いられている。 (毎月第2週・第4週に掲載します) Asahi Weekly, August 27, 2006より
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