現在位置:asahi.com>ENGLISH>Asahi Weekly 【SPECIAL】アイルランド特集アイルランド第1公用語のゲール語とは?アイルランドは英語圏にもかかわらず、ゲール語 (アイルランド語) と呼ばれる言語が憲法で第1公用語に規定され、英語は第2公用語になっている。エンヤの歌詞にも登場するゲール語とはどんな言葉なのか?英語音声学が専門で、昨年7月から9月までダブリンのトリニティ・カレッジで客員教授をつとめた専修大学の三浦弘教授によるお話を中心にまとめてみた。(和田明郎=編集部) ゲール語とは、インド・ヨーロッパ語族のケルト語派に属する言語で、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イギリスのマン島 (20世紀中ごろに事実上絶滅) でそれぞれ異なるゲール語が発達してきた。アイルランドのゲール語は「アイルランド語」とも呼ばれる。 ちなみに、インド・ヨーロッパ語族とは、ヨーロッパ全域とインドにわたって先祖を同じくする一大言語族が存在することが18世紀末にわかったことからつけられた名称。その中のケルト語派にゲール語、ウェールズ語が属している。 ゲール語は文頭に動詞を置き、「動詞+主語+目的語」の語順になることや、Yes, No にあたることばがなく、動詞の活用で答えるなど、ゲルマン語派に属する英語とは関係が薄い。 さて、現在のアイルランドは人口約400万の国だが、第1公用語であるゲール語を日常的に使用している国民は人口のわずか1パーセントにも満たないと言われている。かつてはアイルランドの主要な言語だったゲール語の衰退は、イングランドによって全土のほとんどが植民地化された時代に、英語にとって代わられたことに原因がある。ゲール語が歩んだおおまかな道のりを歴史的に振り返ってみると次のようになる。 栄枯盛衰の歴史 アイルランド島には石器時代には、すでに人が住んでいたと言われているが、ケルト民族のゲール人 (アイルランド人) が移住して来たのは、紀元前5世紀とされる。 432年:聖パトリック (Saint Patrick) がキリスト教をもたらし、土着のドイルド教にも寛容な態度で布教を開始(現在に至るまで一般国民の多くはカトリック教徒)。 6世紀以降、ゲール語はアイルランドで唯一の国語となり、11世紀初めには広く人々の日常言語となっていく。7〜11世紀ごろには古代ゲール語による文学はヨーロッパを席巻した。 1169年:イングランドによるアイルランドの植民地化が始まる。 1536年:アイルランド王を自称したヘンリー8世がアイルランドへ再出兵。ヘンリー8世以降、宗教改革によりプロテスタント教会が設立されると、イングランドがカトリックと絶縁。カトリック教国であるアイルランドの支配を拡大。 1601年:全アイルランドが英国中央政府の統治下に置かれる。上流・支配階級、知識階級は英国からの移民たちに占められ言葉も英語が優勢になる。 1801年:英国と連合し、正式に英国の一部になる。17世紀以降は公的な場でのゲール語の使用が禁止され、急速に衰えた。 1823年:後に初代大統領となるダグラス・ハイドが中心となり、ゲール語を復活させ、ケルトの文化を取り戻す運動「ゲール同盟」設立。 1845-49年:ジャガイモの大飢饉。100万人以上の死者に加え、アメリカなど海外への大量移民により、800万人の人口が半減 (現在、米国には4,000万人のアイルランド人がいる)。18世紀以降は英語による文学が開花し、『ガリバー旅行記』で有名なジョナサン・スイフトやオスカー・ワイルド、ジョージ・バーナードショーが活躍。 1851年には人口約655万余で、そのうちゲール語人口は約150万人だった。ところが、1891年の調査では、ゲール語を話す人口は68万人へ激減、国民の85パーセント以上の人が英語しか話せなくなった。 1922年:北アイルランド6州を除く26州で、英連邦内の自治州としてのアイルランド自由国が発足。 1937年:憲法を制定して国名をゲール語で「エーラ」、英語でアイルランドと改め、イギリス国王への忠誠宣誓条項を廃止。古代からの歴史あるアイルランド本来の言葉であるゲール語を第1公用語とすると明記。 1949年:国名をアイルランド共和国と改め、英国 (連合王国) から離脱。 復古政策の現状 現在のアイルランドでは人口約400万のうち、日常的にゲール語を使っているのは数千人しかおらず、彼らは「ゲールタハト (Gaeltacht)」と呼ばれるゲール語使用地区で暮らしている。 元々は英語化が進む中で、アイルランド辺境地域でゲール語を話す貧しい漁村・農村民が残っていた場所を政府が「ゲールタハト」として指定したもので、ゲール語の話者でなければ、その地区に家を持つことはできず、政府は住民税を軽減するなどしてゲール語の保存に取り組んでいる。また、アイルランド共和国として独立して以来、ゲール語は小学校の必修科目として学校教育で広く教えられているので、ゲール語を多少なりとも理解できる国民は相当数いるとされる。公共交通機関の車内アナウンスでも、ゲール語が使われ、その後で英語のアナウンスが流れる。 アイルランド政府はゲール語を第1公用語としてはいるものの、近年は米国からの投資により、IT立国として経済が活性化し、英語を母語とする高学歴の人材が社会的成功を収めているという現状がある。つまり、英語が明らかに優位な言語であり、話者が減少しているゲール語を保とうとする努力は、多分に象徴的なものにすぎないと言えそうだ。 【参考文献】
Asahi Weekly, September 30, 2007より
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