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【英語を旅する】

英語の発達(10)

寺澤 盾 東京大学大学院助教授

 16世紀以降の近代英語期において、古典文芸復興運動の影響の下、英語は多くの語をギリシア語・ラテン語から取り入れたが、この時期においてはもう一つ別の理由により、英語の語彙 (い) はさらに増大していった。1588年に英国は当時無敵と言われたスペインの艦隊(Invincible Armada)をアルマダの海戦で破ったが、それ以降覇権を拡大し世界各地を植民地化していくことになる。1600年には東インド会社を設立し、東洋との直接貿易を始める一方、17世紀初めにはアメリカ大陸への植民を始めた。19世紀には、アフリカやオセアニアにも進出して、20世紀初めには地上の5分の2を支配し、文字通り「日の沈まぬ国」(the Empire on which the sun never sets)となった。

 こうした英国の帝国主義政策の結果、植民地化した世界各地からその地域の文化・物産が英国にもたらされ、それとともにそれまで英語があまり借用することのなかったヨーロッパ以外の地域の言語からも多くの言葉が輸入された。近代英語以降のこうした世界の様々な言語からの借用を「地球規模の借用」(global borrowing)というが、以下、その主な借用源を見ていきたい。

 17世紀以降、英国が北米大陸に進出したことで、元々そこに居住していたいわゆるアメリカン・インディアンと接触を持つことになり、彼らの言語から英語(特にアメリカ英語)はrac(c)oon(アライグマ)、tomahawk(戦斧)、totem(トーテム:ある種族が自らの象徴として崇拝する自然物)など多くの語を借用している。なお、現代英語ではAmerican Indianという表現は避けられる傾向にあり、代わりにNative American(アメリカ先住民、ネイティヴ・アメリカン)が用いられることが多い。

 英国は、インドを足がかりにアジアにも進出したが、インドの諸言語からも、curry(カレー[タミール語])、jungle(ジャングル[ヒンディー語])、polo(ポロ、馬上球戯[バルティー語])などを取り入れている。中国語からも、tea(茶)がオランダ語を経由して借用されているが、この語形は「茶」の福建方言の発音(te)によるもので、北京語ではch'aと発音する。日本語の「茶」は、後者からの借用であり、teaとは同語源ということになる。(英語でも当初は北京語によるcha, chahという語形が使われたが、teaに取って代わられた。)

 ところで、「日本」の英語名Japanはどこから来ているのだろうか。もし日本語から直接輸入したとすれば、Nippon, Nihonという発音に近かったと想定される。実は、Japanという語は、中国語の「日本」の発音をマレー語(Japung)を介して英語が借用したものである。

 さて、日本語はどのくらい英語に借用されているだろうか。『オックスフォード英語辞典』(OED)に収録されている日本語を語源とする語の数は350近くにのぼる。囲みコラムを参照のこと。(ただし、それらのうち一般の英語母語話者が知っているものは、おそらくごく一部であろう。)最初期の日本語からの借用語はKuge(公家)やbonze(坊主)で、これらの語は鎖国前の16世紀末に英語にもたらされた。当然のことながら鎖国の間はほとんど日本語との接触はなかったが、19世紀末になると、日本の伝統的な文化、風習を表すhaiku, hara-kiri, judo, kimono, sushi, tycoonなど、急激に日本語からの借用語が増えていく。

 tycoon(大君)は英語の中で独自の発達をとげ、現代英語では口語表現として、oil tycoon(石油王)、media tycoon(メディア王)、great business tycoon(大実業家)などのように「実業界の大物」の意味でも用いられる。20世紀以降の日本語借用語を見ると、sabi (寂), wabi(侘)などの日本的な概念だけでなく、karaoke, kogai (公害), Walkman, yakuza, Zengakuren (全学連) など多岐にわたる分野から借用が増え、英語圏と日本との接触が多面的になってきたことをうかがわせる。

 日本語からの借用語を専門にした辞典(A Dictionary of Japanese Loanwords, 1997など)も出版されているが、そこでは、Godzilla (ゴジラ), juku, karoshi(過労死), manga, nemawashi, pachinkoなども収録されている。(ところで、「ゴジラ」は「ゴ(リラ)」と「(ク)ジラ」の混成語であることはご存知であろうか。)また、この借用語辞典には、karaokeの動詞用法も記載されている(OEDでは名詞用法のみ)。前に見たように、現代英語では品詞の転換が語形を変えず簡単にできることから、当初は名詞として使われていたkaraokeもYesterday I karaoked all night long.(昨日は一晩中カラオケで歌った)のように動詞としても用いることが可能である。

 日本語からの借用語:『オックスフォード英語辞典』(OED)に収録されているものの一部を時代別に並べたもの。括弧内の数字は、OEDによる初出年代。

  • 16世紀: Kuge (1577公家), bonze (1588坊主)
  • 17世紀: katana (1613), tatami (1614), shogun (1615), kobang (1616小判), soy (1696醤油)
  • 18世紀: katakana (1727), mikado (1727), zazen (1727), Zen (1727禅), ginkgo (1773銀杏)
  • 19世紀: hara-kiri (1856), tycoon (1857大君), ronin (1871浪人), futon (1876布団), sumo (1880), tofu (1880), sensei (1884), kimono (1886), geisha (1887), judo (1889), sushi (1893), kamikaze (1896), tsunami (1897), bushido (1898), haiku (1899), Kabuki (1899)
  • 20世紀: ikebana (1901), tempura (1920もとはポルトガル語), sabi (1932寂), wabi (1934侘), zaibatsu (1937), shibui (1947), bonsai (1950), Zengakuren (1952全学連), karate (1955), teriyaki (1962), yakitori (1962), gaijin (1964外人), yakuza (1964), yokozuna (1966), Shinkansen (1968), itai-itai (1969イタイイタイ病), kogai (1970公害), shokku (1971[石油]ショック:英語のshockの逆輸入), shosha (1976商社), karaoke (1979), walkman (1981), kaizen (1985カイゼン[改善]), zaitech (1986財テク)

Asahi Weekly, October 22, 2006より

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