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【SPECIAL】

頭を悩ますけど、やっぱり楽しい絵本翻訳

島田裕加 朝日ウィークリー

 読むと楽しい絵本。でも、絵本を翻訳する側は、結構大変なんです。絵本翻訳者の灰島かりさんに翻訳のコツなどを聞きました。

 絵本翻訳は文章だけをただ訳せばいいのではない。他の翻訳と一番違うところは、絵と文章が「拮抗(きっこう)」するところだと話す灰島かりさん。

 まず、大切なのは絵と文章のバランス。絵に対してちょうど良い長さの文章量にするためには、たいてい短くする必要がある。文の意味を変えずに短文にするには、その本の本質をつかむことが必要だ。

 また、絵本では、ひらがなが多用されるため、読み間違いに注意しなくてはいけない。例えば、「はははわらった」。これは、「ははは、笑った」とも「母は笑った」とも2つの意味にとれる。読み間違える可能性のある翻訳は「見た目の悪い日本語」なのだそうだ。

 絵本では、文字の見た目の美しさも重要だが、一方で、読み聞かせで使われることも多いため、音も重要になる。

 「絵本」、というだけあって、「絵を読み取る力」も大事だという。絵本作家が書く絵の意味を分からないと、まぬけな訳になってしまう、と灰島さんは語る。絵を読み取る力をつけるには、とにかくたくさんの絵や絵本を見ることだ。

 そして、英語能力はもちろん、日本語の運用能力もその一つ。

 たとえば、「No」。日常生活で、「No」を「いいえ」と言う人は少ない。灰島さんいわく、「ニュアンスの言葉」。例をあげると、『さびしがりやのドラゴンたち』(評論社)の中で、騎士が3匹の怪獣兄弟とやりとりする場面がある。原文では、この兄弟の答えを全て「No」とだけ書いてあった。しかし、灰島さんは、この一つの英単語から、様々な日本語へと訳した。

 騎士「のどが かわいたんだろ?」
 怪獣1「ちがわい」
 騎士「おはなし よんでほしいんだろ?」
 怪獣2「ちがうもん」 
 騎士「うた うたってほしいんだろ?」
 怪獣3「ちゃう ちゃう」

 「No」を言い換えることにより、3匹の怪獣を、お兄ちゃんぽくしたり、女の子っぽくしたり、読者が親近感を持てるようなキャラクターにした。

 「絵本の言葉はたいていの場合、とてもシンプルです。そのため微妙にニュアンスを加えることで、キャラクターや語り手の気持がはっきりすることもあります。でも、頭の悩ましどころです」

 このほかに、「I」や「You」も訳すのに苦労するそうだ。

 翻訳をする際に、良い日本語をどのくらい知っているかがコツだという。

 「良い日本語は、なにも上品ぶった日本語ではないんです。言葉と心はとっても密接に結びついているので、いきいきした日本語が一番ぴったりくるんです」

 どううまく日本語を使うかが特に問われるのは、韻を踏んだ絵本。

 今でこそ日本でもラップ音楽があるが、基本的に日本語は「〜しました」という普通の終わり方になってしまうため、ライム(脚韻)にならないという。たくさんの脚韻が使われているロアルド・ダールの『へそまがり昔ばなし』(原題『Revolting Rhymes』)を訳した際には、

 たしかにみかけは、ハンサムおうじ
 でも、よく見ればもんだいじ
 人を殺して、だいさんじ

 最後を「じ」でまとめて、リズム良く終わらせた。韻を踏む言葉をそのまま訳したのでは、面白くないと灰島さん。中身を変えずに、いかに日本語として楽しく訳すかが大事だという。

 「子供たちは言葉の発達途上にあるわけです。言葉をなめたり噛(か)んだり、言葉と遊んで身につけていくんです」

 灰島さんは、もともと絵本翻訳者だったわけではない。

 学生時代、子供の本関係の仕事に就きたいと考えていたが、卒業後は資生堂の『花椿』の編集、広告代理店に勤務し、絵本から離れた分野で仕事をしていた。

 1994年、夫の仕事の関係でイギリスに住むことになり、以前からファンタジーや子供の本について勉強したかった灰島さんは、ローハンプトン大学院で児童文学を2年間学んだ。

 1995年、『猫語の教科書』(ちくま書房)で翻訳デビュー。以来、絵本を中心に、子供の本の翻訳者として様々な本に携わっている。

 絵本の仕事をするまでに、人生回り道をしたと感じてきたが、今までやってきたことが無駄ではないことに気が付いた。

 『花椿』や広告の仕事をしていた頃、グラフィックと文字の関わりの大切さが骨身にしみていた。この時の経験が、絵本で必要になる「絵と文字を見る目」を養う訓練になったのだと感じた。

 今まで翻訳したのは、約35冊。

 その中で一番大変だった翻訳はどれかと尋ねたところ、「うーん」としばらく考え込んで、「どれもすっごく楽しくて、大変だったという記憶がないんです」と笑顔で答えた。

 絵本翻訳を始めて、今年で12年。

 今後は「絵本を見る目をもっと養って、埋もれている良い絵本を発掘したい」と語る。

灰島かり(はいじま・かり)

 国際基督教大学卒業。PR誌の編集を経て、英国ローハンプトン大学院で児童文学を学ぶ。現在、白百合女子大学や朝日カルチャーセンターで「絵本学」などを教えている。著者に『絵本翻訳教室へようこそ』など。訳書は、『キャベツ姫』や『公爵婦人のふわふわケーキ』など多数。

Asahi Weekly, October 28, 2007より

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