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【英語を旅する】
英語の発達(12)寺澤 盾 東京大学大学院助教授 英語は、かつて大英帝国が植民地化した世界の様々な地域に広まり、そこで今日でも母語または第2言語として使われていることが多い。前回は、北米大陸における英語(とりわけアメリカ英語)を概観したが、今回はアジア・太平洋地域における英語について見ていきたい。かつては、アジア・アフリカにおける英語はやや軽視される傾向にあったが、近年こうした地域の政治・経済的な影響力の向上とともに、「新英語」(New Englishes)と呼ばれ注目されている。 アジアの英語の中で最も歴史が古いものはインド英語であろう。英国は1600年に東インド会社を設立したが、それ以降植民地化を進め、1877年には英国女王がインド皇帝を兼ねる英国領インド帝国が成立した。第2次世界大戦後、インドは独立するが、植民地時代の宗主国の言語であった英語は現在でも連邦公用語のヒンディー語や17の地方公用語と並んで、補助公用語として用いられている。1950年に施行されたインド憲法では、15年後に英語を公用語から除外するとあったが、「公用語法」によって現在でも事実上英語の公的使用は認められている。 近年は、インド人のIT関連の分野での活躍は目覚ましく、マイクロソフト、IBM、インテルといったIT企業では、エンジニアの多くがインド人である。IT分野でのインド人の優位性は、彼らの英語能力が高いことが少なからず関係していると思われるので、公用語としての英語への反発はあるものの、将来的にもインドにおける英語の地位が揺らぐことはしばらくないだろう。また、インドのような多民族・多言語国家では、特定の民族の言語を採用することへの反発もあり、英語が「中立的な公用語」として機能している側面も忘れてはならない。 さて、インド英語は、英国の英語とは異なる様々な特徴を発達させている。インド英語には言うまでもなく、かなりの数のインド諸言語からの借用語彙 (い) があるが、例えば、chapatti(チャパティー、北インドの伝統的なパン)、crore(1,000万)、lahk(10万)はヒンディー語由来であり、ryot(農民)はウルドゥー語起源である。 インド英語では、同じ英単語でも、我々が慣れ親しんでいるイギリス英語やアメリカ英語などと異なる意味で使われているものもあるので注意が必要である。例えば、インド英語でhotelといった場合、「レストラン、カフェ」を指すことが多く、宿泊施設があるとは限らない。colonyは「植民地」でなく「住宅地、アパート」の意味で用いられる。英米語には見られないインド英語独特の表現もあり、「履歴書」はbiodata(英米ではcurriculum vitae [CV])、co-brotherは「妻の姉妹の夫」、Eve-teasingは「女性に対する嫌がらせ」、head-bathは「洗髪」を意味する。また、インド英語では一般に婉曲で丁寧な言い回しが好まれる傾向があり、「死ぬ」という場合にdieではなくbreathe one's last(息を引き取る)やleave for one's heavenly abode(天の住み処ヘ旅立つ)などのような言い方が用いられる。 南アジアのインドから太平洋の方に目を移すと、かつて英国などの植民地であった地域では、英語が人々の重要なコミュニケーションの手段として根づいている。800以上の言語が話されていると言われるパプアニューギニアでは、英語が公用語になっているが、人口の半数以上がトクピシン(Tok Pisin 'talk pidgin')、すなわち現地語と英語の混成言語を話している。19世紀末から20世紀初めにかけてニューギニア人はサモアやオーストラリアの農場で強制労働をさせられたが、この時に白人と現地人との間で意志の疎通を図る言葉として、英語と現地語を混成させたいわゆるピジン(pidgin)が生まれ、トクピシンの母体となったとされる。 現在、トクピシンは、パプアニューギニアで国会討論、新聞、聖書などで用いられ、母語として習得する人達もいる。トクピシンでは、囲みコラムに挙げた例のように、dok(犬)、yu(あなた)、luk(im)(見る)など英語起源の単語が(形を変え)用いられているが、他動詞であることを示す動詞語尾 -im(英語のhimより)や未来を表すbai(英語のbyより)など英語にはない文法構造を独自に創造している。したがって、トクピシンなどのようないわゆるピジン・クリオール英語は、英語を素材にしてはいるものの、英語とは別の新たな言語とみなした方がよいだろう。この点で、言語の骨格ともいえる文法構造に関しては、イギリス英語などとほとんど変わらないインド英語のような英語の変種とは一線を画している。 <Tok Pisin 文法入門> ■名詞:トクピシンでは、英語と異なり複数形の名詞に -sを付けない。wanpela dok 'one dog' に対して、tripela dok 'three dogs' といい、同じdokという形を用いる。 ■代名詞 :一人称・三人称単数代名詞は、それぞれmiとemの形しかないので、miは'I', 'me,' emは 'he,' 'him,' 'she,' 'her,' 'it'を表わす。一方、英語では、二人称の単数・複数形とも同じyouを使うが、トクピシンでは、単数 (yu), 両数(yutupela 'you two')、三数(yutripela 'you three')、複数 (yupela 'you all') を区別する。 ■動詞 :目的語をとる他動詞には、Mi lukim dok. 'I saw the dog.'におけるlukim(英語のlookより)のように、トクピシン独特の接尾辞 -imが付く。また、未来時制を表す場合は、Bai mi rait. 'I will write.' のように、baiを付ける。 ■形容詞:形容詞や数詞には、strongpela 'strong,' wanpela 'one' のように -pelaという接尾辞が付く。 ■前置詞:主なものとしては、long (英語のalongより)とbilong (英語のbelongより)があるが、longは'at,' 'in,' 'on,' 'to,' 'from,' 'with' を意味し、bilongは 'of', 'for'を表わすなど多義的である。 Asahi Weekly, November 26, 2006より
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