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【英語を旅する】
現代の英語(2)寺澤 盾 東京大学大学院助教授 20世紀から今世紀にかけて、情報技術と並んで進歩の著しいのは、医学、遺伝子工学などを含む生命科学・工学の分野である。医学の分野では、artificial insemination(人工授精)やin vitro fertilization(体外受精)の技術の進歩によって、それまで想定できなかった事態が起こっている。 例えば、つい先日、本紙 (10 月22 日号)でも50歳代後半の日本人女性が、ガンのため子宮を摘出した娘夫婦のために代理出産していたというニュースが伝えられたが、ご記憶の読者も多いかと思う。この場合、遺伝的な母親は娘になるが、おなかを痛めたのは祖母ということになり、祖母はいわゆる「代理母」(surrogate mother)となる。 米国でも、1991年に、「祖母が(双子の)孫を生む」という同様のケースが報告されている。カリフォルニア州などの一部のアメリカの州では、代理出産は合法化されており、英語では、他人の子のために子宮を貸すことを意味するrent-a-wombという表現も生まれている。これは、もちろんrent-a-carをもじった言い方である。 最近の医療では、臓器移植(organ transplant)の技術の進歩も著しいが、このことは人間の「死」の定義の再考もせまっている。つまり、臓器移植を有効に行うためには、脳機能が停止しているが、心臓などの臓器はまだ活動している人からの臓器の取出しが必要となる。したがって、臓器移植の現場ではbrain death(脳死)をもって人間の「死」と考えるが、それに心理的抵抗をおぼえる人も少なくない。 一方、さまざまな生命維持装置(life sustaining system)が発達したことから、いわゆる植物状態(persistent vegetative state)でも生命を維持することができるようになったが、患者本人や親族などの意思に従って、無理な延命治療をやめて死を選ぶ権利、すなわちdeath with dignity(尊厳死)という考え方も出てきた。 1976年に、アメリカのニュージャージー州最高裁判所で、植物状態に陥り生命維持装置を付けられていたカレン・アン・クインラン嬢からその装置を取り外すことを認める判決が出された。(カレン嬢は、生命維持装置を外された後も、9年間植物状態のまま生き続けた。)この裁判の数カ月後に、カリフォルニア州において、世界で初めてliving will(リヴィングウィル;末期状態になった時に延命治療を施さず、尊厳死を望むことを意思表示した文書)を作成する権利が認められた。 また、末期がん患者などに対しても延命がかえって本人の苦痛を増すことから、薬物などを積極的に投与して死期を早めたり、あるいはあまり意味のない延命措置をとらないこともある。前者はactive euthanasia(積極的安楽死)、後者はpassive euthanasia(消極的安楽死)と呼ばれる。euthanasiaという語は、1646年に英語に現れるが、当初は「(眠るように死ぬ)極楽往生」を意味した。現在の「安楽死」の意味で用いられるようになったのは1869年からである。なお、「安楽死」(mercy killing, doctor-assisted suicideともいう)は、米国の一部の州、オランダ、ベルギーなどで法律的に認められている。しかし、安楽死や尊厳死の法制化に対しては、そうした名のもとで、殺人や自殺幇助が一般化する可能性があると懸念する意見もある。 現代社会においては、医学・医療技術が日進月歩であるが、根本的治療法がまだ見つかっていないAIDS(エイズ)のような重大な病気・疾患も新たに現れ、急速に広まっている。AIDSは、Acquired Immune Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)の頭文字をとった頭字語であるが、HIV(Human Immunodeficiency Virusヒト免疫不全ウイルス)によっておこる疾患である。 AIDSは、特に不特定多数の人との性的接触によって、広がっていくため、予防のためにコンドームの使用が推奨され、condom awareness, condomania(コンドームに対する異常な関心)を生み出した。また、AIDSが広まった初期のころ患者に同性愛者が多かったことから、AIDSはgay plague(同性愛者の疫病)とも呼ばれたこともあった。 AIDSの患者は、さまざまな偏見にさらされてきたが、近年では彼らの人権を尊重する動きも強まっている。たとえば、エイズ患者は、AIDS victim, AIDS sufferer, AIDS patientと呼ばれることが多かったが、最近ではこうした病気に苦しんでいるといったイメージを伴わないperson with AIDS(エイズと共に生きる人、略してPWA)という言い方も広まっている。 (毎月第2週・第4週に掲載します) Asahi Weekly, December 24, 2006より
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