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「点取り屋」の感覚、育てる環境必要

日本人初・ブンデスリーガでプレーした奥寺康彦氏に聞く

馬場由美子 朝日ウイークリー

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おくでら・やすひこ
1952年生まれ。相模工大付属(現湘南工科大付属)高校から古河電工に入社、日本リーグで活躍。1977年、西ドイツ・ブンデスリーガの1FCケルンと契約、日本人初のプロサッカー選手としてデビュー。ヘルタ・ベルリン、ベルダー・ブレーメンでも活躍し86年に帰国、国内プロ1号に。88年に引退後、ジェフ市原監督などを務める。現在は横浜FC代表取締役社長・ゼネラルマネジャー。

 …ずばり、日本代表は1次リーグを通過できますか

 「正直、難しい、という感じです。ゼロではないのですが、やはり今の感じですと、半々と言いたい部分もありますが、40パーセントぐらいでしょうか。初戦のオーストラリアに勝てれば、可能性は大になってくる。初戦で大体決まってしまうかな、と思います」

 …見どころのカードは?

 「2002年にふがいない試合をしたアルゼンチンやフランス、イングランド、スペイン、イタリアが、今回は万全の態勢で出てくるだろうと思います。今年は、すごく熾烈(しれつ)な大会になるのでは、という気がします。

 ぼくは優勝候補にブラジルを挙げています。ロナウジーニョ、ロナウドなど、攻撃陣ですごくいい選手が多い。あとはアルゼンチン。スーパースターはまだ生まれていないですが、それに近い選手がそろっている。今、(リオネル・)メッシという若い選手が出てきていますが、彼の活躍はすごく注目されると思いますね」

 …日本代表では、誰に期待を?

 「前回出られなかった中村俊輔選手です。攻撃陣の中で、彼の力が必要になってくる。俊輔は、スコットランドのチームで活躍している実績もあって、どれだけやれるのか注目したいです。本当はね、日本のチームでやっている選手の中では、佐藤寿人選手が出てくれば面白かったと思うんですけれどね」

 …日本代表は「決定力不足」とよく言われます

 「サッカーは点をとるスポーツなんです。でも誰しも点をとらせたくないから、そこに屈強なディフェンダーを置いて、なんとかつぶそうとする。そういう一番厳しい状況の中でプレーしないとならないのがフォワードなんです。

 今の日本では、点を取る感覚を育てる、ということが少ないと思う。ストライカーというのは職人なんですよ。その感覚的なものを持っている選手がいるはずなのに、そういう選手を見つけられない、育てられないというのが、今の日本じゃないかなあと。別に太っていても構わないし、ちびっこでも構わないけれど、何か点を取りそうな、そういう感覚を持っている選手がきっといる。『あいつデブだから動けない』とかじゃないんですよ。そういう子たちのセンスを見つけてあげられない、育ててあげられない。

 今、(日本サッカー)協会でも、ストライカーを育てようというプロジェクトがある。でも中学生や高校生になってしまえば、自分の感覚というのはもう消えている。感覚のない選手がストライカーになっているかもしれない。育てるのは大きくなってからじゃなくて、もっと小さいころからなんです。たとえば、遊びながらでもいいから、点を取るんだ、という意識を高めていかないとならない、と思います」

 …日本は、パスが美しい、とほめられる場面がしばしばあります

 「そういうことにみんな喜びを感じている。でもたとえば、中田英寿選手を批判するわけではないけれど、『キラーパス』よりも、『自分でシュートを打て!』と言いたくなることもあります。『あのパスを受けて、決めない選手が悪い』という批判は、違う」

 …今、有望なストライカーとして誰を挙げますか?

「大黒(将志)選手だね。『どうやったら次、ゴールに行けるか』と常に狙いをつけている。そういうことが、ストライカーとして大事ですね。サッカーは、点を取る選手が最高なんです。ともかく点を取る。それができる選手が、ストライカーなのだと思う」

 …ご自身は、ドイツ時代に「東洋のコンピューター」と呼ばれたことも

 「ある雑誌で、ぼくのことをそういうタイトルで載せたんですよね。当時は、あまり意見はなかったですね。ただ今思えば、ぼくが『きっちりとプレーをする』『与えられた役目をしっかりする』『安定した力を発揮している』ということで、そういう書き方をしたんじゃないかと思います。派手さはないけれど、チームには必要だし、チームコントロールできる、というような意味合いだったのではないかと」

 …当時のご自身の持ち味は?

「最初はスピードでしたよ。左足の強さもあったし。それがぼくに対する評価だったと思う。その後は、いろんな選手の中で、うまくバランスをとってプレーするということかな。何かあったときに、ぼくがすっとカバーできるということなんだよね。そう、僕は器用だから、いろんなポジションをこなせた。とくにブレーメン行ってからは、そういうことで重宝がられましたね」

 …自分をアピールするメンタリティーが日本人は弱いと言われていますが

 「それでも、自分のプレーをしないとならないと思います。あまり気を遣う必要もないですし。主張しすぎると、外国人だから変にみられることもあるけれど、やっぱり大事なことは、サッカーをやっているときは自分のプレーをいかに出すか。あとは周りとのコミュニケーションがしっかりとれていけばいいのでは、と思います」

 …ドイツからのオファーを一度は辞退、その後、海外移籍を決断しました

 「やはり1FCケルンの(へネス・)バイスバイラー監督の説得が大きかったですね。ぼくのことをすごく買ってくれて、不安なことを彼が解消してくれました。たとえば言葉ができないことについては『すぐ覚える』と励ましてくれて、『おまえをレギュラーとしてプレーさせたい。できる力を持っているから、来い』と言ってくれました」

 …1978年にはリーグ優勝を経験しました

 「やっぱり、とてつもなくうれしかった。チームに貢献できたというのもあるし、得点もしたしね。優勝した達成感というのかな。その仲間になれている、と。これでベンチに座っていたら、そう思わなかったかもしれないけれど、ピッチに立って、自分も優勝したときのひとりであるという強さはありました。

 その後32歳で再契約し、2年間延長しました。34歳で『自分は、ここで終わりにしたい』という話をしました。ブレーメンはもう1年契約してもいいと言ってくれたのですが、若い選手が育ってきていましたし、ベンチに座っていることが多くなるのも嫌だし、だったら日本でプレーできるときに帰ってやったほうがいいかなあと考えました」

 …初めて覚えたドイツ語は?

 「普通ですが、あいさつですね。語学学校に行きました。最初のころは午前10時から練習なので、それまで学校で勉強して。午後の練習がないときは午後も行きました。本当に一から、絵を見て先生とやりとりです。子供の会話からのスタートでした。なので話したり聞いたりはできるようになりました。

 ただ、やはり難しいと思いましたよ。ドイツ語はローマ字読みなので、話したり読んだりすることはしやすい。書くことも簡単。ただ、聞きなれない、というかね。英語とは違うところ、男性、女性、中性があったりするのも難しいところですが、でも、そんなことは気にするものか、と思いました。向こうがわかってくれるんですよ」

 …日本人はこういう文法を厳密にマスターしようとしますよね

 「だって外国語の教え方がそうですから。みんな文法から入っていく。できればヒアリングとか話すことから入ったほうが、言葉は覚えやすいと思うんです。英語だって、会話のほうから入ってくれたら、もっと楽しくて、いろいろ覚えられたろうなあと思いますね」

 …ドイツ暮らしで苦労したことは?

 「そんなことはなかったですね。でも、やらなきゃいけないことがあって…例えば、雪が降ったら、自分の家のまわりをきれいに雪かきをして、人が滑らないようにしないといけないとか。あとは、室内で魚は焼いちゃいけないとか。『死人のにおいがする』って言われるんですよ。ドイツ人は、魚は焼かない。グリルはあるけれど、油でいためちゃう。ぼくの知人は、家で魚を焼いて、もんもんと煙を出したら、警官がきて『何やってるんだー!やめろ!』って言われたそうです」

 …ドイツでサッカーW杯を楽しむコツは?

 「コツは特にありませんが、スタジアムがすごくいいから楽しめると思います。見やすいんですよ。角の席でも十分見られるし、死角がないんです。お客さんに本当にやさしいスタジアムになっています。ピッチが近いグラウンドも増えてきましたね。雨にぬれないしね。みんな屋根がかかっています」

 …大会期間中、ドイツには?

 「仕事で行く予定です。たぶん、決勝までいると思います」

 …ジーコ監督後、日本代表の指揮を執ってみたいとは思いませんか?

 「思いませんね。プレッシャーが大きすぎる!」


Asahi Weekly, May 28, 2006より

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