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辞書ではわからない言葉の背景

英語を学ぶということ

山岸勝榮 明海大学教授

 本連載の1回目に、「言語は、文化すなわち社会的に相続され、我々の生活の組織を決定する風俗・習慣・信仰などの集まりを離れては、存在しない」という、アメリカの人類学者・言語学者 Edward Sapir の言葉を紹介し、以後、その事実を、主にキリスト教と関係させながら、具体例と共に証明してきた。

 早いもので、今回をもって24回の連載を終わるが、紹介できたのは、英語の語句・表現とキリスト教との関係のほんの一部にすぎない。英語には、ほかにもキリスト教(やユダヤ教のような一神教)と深い関係を持つ語句や表現が多数ある。最後に2語だけ採り上げ、追加説明しておこう。

 たとえば、「報酬、報償」の意味の repayment がそうである。日本では、他人をもてなしたり、世話をしたりする場合、何らかの見返りを期待する傾向があるが、キリスト教など一神教を信じる人々の間には、そのような場合、報酬、報償は相手からではなく、神 (God) からもたらされるものだと考える傾向がある。「天 (Heaven) に富を積む」という考え方はこのことを反映している。

 したがって、そのような文化的背景を持つ国では、人々は、他人を招待する場合にも土産物を期待しないし、ボランティア活動に従事しても報酬、報償を期待しない。すなわち、日本人にとって当たり前の土産物持参という習慣は、英語圏の人々にはしばしば奇異に映る。キリスト教など一神教を文化的背景に持つ人々にとって、 Virtue is its own reward.ということわざが示すように、「徳はそれを行うことで得られる満足感それ自体の中にある」のだ。

 ちなみに、米国の鉄鋼王 Andrew Carnegie (1835-1919) の有名な言葉にThe man who dies rich dies disgraced.(金持ちのまま死ぬのは不名誉な死に方だ)というのがあるが、この言葉の背景を成すのがキリスト教精神であることは容易に理解できるだろう。その言葉どおり、彼は巨万の富のほとんどすべてを慈善事業・各種基金その他に費やしたのち召天した。

 また、上で言及した「ボランティア volunteer 」の場合も、キリスト教徒には、「神があなた方を愛されるように、あなた方も愛を熱く保ちなさい」という考え方を基本にして、自分を育んでくれた社会に対して、見返りを求めずに何らかの貢献をする人が多い。たとえば、大学入学前の1年間を海外ボランティア活動に費やすという高校(卒業)生は英語圏には大勢いる。もちろん、宗教とは無関係に、すなわち人道主義的観点から、自由意志に基づいて、ボランティア活動に励む人も大勢いるが、そのような運動が社会に根付く背景には、やはり一神教的文化が存在するからと考えるのが妥当だろう。

 英語を学ぶということは、英語を話す人々の文化をあわせ学ぶことだ。「authority = 権威」「conscience = 良心」「evil = 悪」「hospitality = もてなし」「sympathy = 同情」というように、英単語を日本語の訳語と結び付けて丸暗記してしまえば、たいていの日本人学習者は、英語の意味と日本語のそれとは等価なものだと即断してしまうだろう。英語のそれらの語が、どのような含みを持つのか、言い換えれば、英語文化が作り出した意味 (connotative [cultural] meaning) はどのようなものかという点に留意しつつ学習して初めて、それらの語の全体的意味を把握し得るのだ。

 現在、英語は世界主要言語のひとつとして、英語圏以外の国の人々によってもコミュニケーションのために広く用いられている。したがって、日本人の用いる英語に「日本人性」(Japaneseness) が観察されるように、非英語圏の人々の英語(表現)には、彼らの国民性や価値観が大なり小なり反映している。

 結局のところ、日本人が、英語母語話者を含め、他国の人々と英語で話をする場合に必要なことは、自分の意思や意図が相手に正しく伝わっているかどうか、また、自分が相手の意思や意図を正しく理解しているかどうかを常に確認しながら行うことだと言えよう。


■ 長らくご愛読いただきました「辞書ではわからない言葉の背景」は今回をもちまして終了とさせていただきます。 (編集部)


Asahi Weekly, March 19, 2006より

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