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英語を旅する

英語のルーツ(2)

寺澤 盾 東京大学大学院助教授

 前回は、英語がドイツ語、デンマーク語、オランダ語などと共通の祖先をもち、ゲルマン語派に属しているのを見た。それでは、英語と他のヨーロッパ言語との関係はどうであろうか。フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語などはラテン語に由来する言語でロマンス語とも呼ばれ、イタリック語派に属す。「父」を意味する語は英語では father に対して、ラテン語ではpater、フランス語では pèe であり、関連性はすぐには見て取れない。しかし、英語の fish, foot に対するラテン語はそれぞれ piscis, pes であり、両言語の間に一定の音の対応 -- 英語の /f/ に対してラテン語の /p/ -- があることがわかる。この他にも、英語の two, ten tooth に対するラテン語 duo, decem, dens にみられる英語 /t/ とラテン語 /d/ などのように、音の対応が数多く見られる。

 こうした規則的な音の対応は、英語などのゲルマン語とラテン語などのロマンス語の間だけでなく、ゲルマン語と他のヨーロッパの諸言語、さらには中東イランの公用語ペルシア語、古代インドのサンスクリット語(梵語)の間にも見られる。例えば、「父」や「2」を表す語はペルシア語ではそれぞれ pidar, do、サンスクリット語では pitar-, dvau である。サンスクリット語は現在インドの公用語であるヒンディー語やパキスタンの公用語ウルドゥー語の祖先に当たる。

 なお、英語には「父」や「足」に関連する語として、一見非ゲルマン系の /p/ で始まる paternal(父方の)、pedal([足で踏む]自転車などのペダル)が見られるが、こうした語は英語本来語でなく、ラテン語またはフランス語からの借用語である。また、英語の December(12月)はフランス語からの借用で、語源的には「10(decem)番目の月」という意味である。(「2カ月」早まっているのは、古ローマ暦では1年は10カ月からなり、春分の3月が年始であったため。)duo(二重奏)や dentist(歯医者)が /d/ 音を持つのも、それぞれイタリア語とフランス語からの外来語であるためである。

 ゲルマン語とそれ以外の言語に見られる音の対応に最初に気付いたのはデンマークの言語学者ラスムス・ラスク(Rasmus Rask 1787-1832)であったが、それよりも少し遅れてそれを体系化したヤーコプ・グリム(Jacob Grimm 1785-1863)の名前を冠して、そうした音の対応規則を「グリムの法則」(Grimm's law)と呼ぶ。ヤーコプ・グリムは『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄である。

 以上のような非常に広範囲な音の対応の存在は偶然とは考えられず、それを説明するために、ヨーロッパからインドにかけて話されている(話されていた)言語の多くが、同じ祖先に遡(さかのぼ)れるという考え方が19世紀にあらわれた。そして、そうした共通の祖先を「印欧基語」(Proto-Indo-European)と呼び、印欧基語の話者は紀元前4〜3000年ごろまで南東ヨーロッパ(黒海からカスピ海北の地域)または紀元前7000年ごろアナトリア(現在トルコ領)あたりに住んでいて、以降長い年月をかけて分散していったと考えられる。

 ゲルマン語では印欧基語の /p/, /d/ などの子音がそれぞれ /f/, /t/ などに変化し、その他の印欧語ではそれが変化せずに残ったので、グリムの法則に見られるような子音の対応がゲルマン語と非ゲルマン印欧語の間に見られるのである。

 なお、ヨーロッパにおいても印欧語族に属さない言葉が少数だが見られる。例えば、フィンランド語とハンガリー語はアジア系のウラル語族のフィン・ウゴル語派に属し、スペインとフランスにまたがるピレネー山脈西部のバスク地方で話されているバスク語は起源不詳である。一方、イスラエルの公用語ヘブライ語はアラビア語と同様セム語族に分類され、政治的な対立とは裏腹に、両者は言語的には近い関係にある。


Asahi Weekly, May 28, 2006より

朝日新聞サービス

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