わたしと星野道夫さん

星野道夫を愛した人たちのインタビュー記事を連載します。

執筆:朝日新聞社

第2回

水中写真家、高久至さん

高久至さん

たかく・いたる 1982年、神奈川県出身。

ダイビングショップで水中ガイドとして働いて、2009年に屋久島でダイビングショップ「屋久島ダイビングライフ」を立ち上げる。

13年頃から写真家として活動を初めて、昨年、写真集「屋久島 豊饒の海」(東方出版)を発表。現在は写真家業に専念して、ブログ「海を歩く」で日々、日本沿岸域の海を潜る旅を公開中。

 今年3月1日に自作のキャンピングカーで屋久島を出発して、日本の沿岸域を潜って写真を撮る旅に出ています。車に積み込んだ5冊の本のうち3冊が、星野道夫さんの本です。

 十数年前、エッセー集「旅をする木」(文春文庫)を初めて読みました。一度読んで「いいな」って思いました。何回か読み返すうちに心にジワジワときました。

 ほかのエッセー集や写真集「星野道夫の仕事」(全4巻・朝日新聞社)などをそろえて、折に触れて本を開きました。だんだんその魅力から離れられなくなりました。

 引き潮の入り江にたくさんのヒトデや貝があらわれた写真が、とても印象に残っています。「なんて豊かな海なんだろう」と興味をそそられて、「アラスカにいかなきゃ!この海に潜りたい」と思いましたね。

 アラスカの自然のすごさが、あの写真に集約されていると思うんです。

 星野さんの本は冬になると特に読みたくなりますね。夜中、シーンと静まりかえった時間にしみじみと読みたくなります。

 今(8月中旬)は北海道の知床半島にきていますが、台風で足止めをくらっています。車の中で星野さんの本を何冊も読みました。

 僕には8歳になる息子がいます。大事な息子と妻は遠く離れた屋久島から、僕の旅を応援してくれています。

 「旅をする木」の中に、星野さんの妻の直子さんがアラスカで暮らしはじめたエピソードがあります。星野さんの友人が直子さんに「寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを結びつけるんだ」とアドバイスした一文は、今とても心に染みます。

 星野さんの写真からは、自然を広くみつめて、自然と対峙していると伝わってきます。「撮りたい」という欲よりも、「自然と関わっていきたい」気持ちが感じ取られます。

 たとえば「イニュニック[生命]」(新潮文庫)にはこんな一文が。

 「地平線から一頭の黒いオオカミが姿を現し、残雪の中を真すぐこちらに向かっていた。春の訪れとともにやってくるカリブーの群れを捜しているのだろうか。僕が気付くのとオオカミが気付くのがほとんど同時だった。まだ点のような距離なのに、オオカミは立ち止まり、ひるがえるように消えていった。それでよかった。写真など撮れなくてもよかった。一頭のオオカミと共有した閃光のような一瞬は、叫びだしたいような体験だった。オオカミが今なお生き続けてゆくための、その背後にある目に見えない広がりを思った」

 知床では観光客や写真愛好家の人たちが、ヒグマとものすごく近い距離で写真を撮っているのが問題になっているそうです。水中写真の世界でも、生きものを追いかけ回したり、不自然な場所に生きものを追い込んだりしてまで写真を撮ろうとする人がいます。いい写真を撮りたいという気持ちは分からなくはないのですが、「そこまでして撮りたくない」と僕は思います。みなさんが星野さんの気持ちをちょっとでも理解できたら、自然といい距離をもって関われるのではと思います。

(撮影:高久至さん)

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