朝日新聞社

リヒテンシュタイン侯爵家について

ハプスブルク家の寵臣として活躍したリヒテンシュタイン家は、1608年に世襲制の「侯」の位を授与され、侯爵家となります。次いで、1699年にシェレンベルク領(現在の侯国北部)を購入、1712年にファドゥーツ伯領(現在の侯国南部)を購入し、1719年にこれらを併合した領土が神聖ローマ皇帝カール6世より帝国に属する領邦国家として承認され、リヒテンシュタイン侯国が誕生しました。しかし、侯国の成立後も、リヒテンシュタイン候とその一家は主にウィーンに居を構え、1938年に侯国の首都ファドゥーツに移り住むまで、この習慣は続きました。

イアサント・リゴー
《金羊毛騎士団勲章の正装をしたヨーゼフ・ヴェンツェル・リヒテンシュタイン候の肖像》

[1740年 油彩/カンヴァス 81×65cm]

優れた軍人であったヨーゼフ・ヴェンツェル侯(在位1712-18/1732-45/1748-72年)は、外交においても多大な功績をあげました。1837年からパリで外交官を務めた同候は、神聖ローマ皇帝カール6世の娘マリア・テレジアを、ハプスブルク家世襲領の継承者とすることを、ヨーロッパ列国に認めさせたのです。この功に報いて、カール6世はヨーゼフ・ヴェンツェル候に金羊毛騎士団勲章を授けました。本作は、この叙勲を記念するために、当代随一のフランスの肖像画家、イアサント・リゴーに描かせたものと考えられます。金の勲章を胸元に飾り、豪奢な礼服に身を包んだヨーゼフ・ヴェンツェル候の姿は、穏やかな威厳と気品に満ちあふれています。

作者不詳、ウィーン
《リヒテンシュタイン侯冠と装身具》東京展のみ出品

[1756年 水彩、インク、鉛筆/羊皮紙 70×48cm]

本作は、18世紀後半、ヨーゼフ・ヴェンツェル侯の治世に制作されたもので、侯冠と装身具が、それらの由来や装着の仕方を記した長い銘文とともに描かれています。真紅のビロードにダイヤモンド、ルビー、真珠をあしらった豪奢な侯冠は、最初のリヒテンシュタイン候、カール1世(在位1608-27年)が1623年にフランクフルトの名工に注文し、1626年に完成されたものです。以来、ヨーゼフ・ヴェンツェル候の時代まで受け継がれてきましたが、その後は行方が分からなくなってしまいました。本作は、侯冠のありし日の姿を伝えるきわめて貴重な作例です。

リヒテンシュタインを知る5つのキーワード

ヨーロッパ激動の時代を歩んだ独立への道

リヒテンシュタイン家は、13世紀末よりヨーロッパに君臨したハプスブルク家の寵臣として、モラヴィアやボヘミアなどに領地を与えられ、1608年に神聖ローマ皇帝ルドルフ2世より世襲制の「侯」の爵位を授けられました。1719年には、現在の侯国の国土に当たる領地の自治権が、神聖ローマ皇帝カール6世によって承認され、帝国に属する領邦国家としてリヒテンシュタイン侯国が成立。そして1806年、神聖ローマ帝国の崩壊を受けて、侯国は同年ナポレオンが結成したライン同盟に参加し、独立国として承認されます。1815年以降はドイツ連邦に加盟しましたが、1866年の同連邦の解体を受けて、再び独立国となりました。

家訓は、優れた美術品の収集

一族のなかで、本格的に美術品の収集に着手し、コレクションの核を築いたのは、カール1世侯(在位1608-27年)と息子カール・オイゼビウス侯(在位1627-84年)でした。優れた著述家でもあったカール・オイゼビウス侯は、自著のなかで、優れた美術品の収集が一族の誉れとなるという理念を記しています。以来、この家訓は歴代の諸侯に受け継がれ、今なお、傑出した美術コレクションの発展を導いています。

華麗なバロック建築「夏の離宮」

18世紀初頭、侯爵家の避暑用の住まいとして、ウィーン郊外のロッサウに造営された「夏の離宮」。バロック様式を特徴とする同宮殿は、左右対称の堂々たる外観を誇り、その室内は漆喰装飾と色鮮やかな天井画によって、華やかに装飾されています。落成から約1世紀を経た1807年より、ここで侯爵家の美術コレクションが公開されました。

戦火をくぐりぬけた奇跡のコレクション

ウィーンの夏の離宮に収蔵され、1807年より公開されていたリヒテンシュタイン侯のコレクションは、オーストリアがドイツに併合された1938年に公開中止となり、安全な場所への移動が計画されました。しかし、ナチスは価値の高い美術品の国外持ち出しに反対したため、移送作戦は難航を極めます。一時は、ザルツブルクの東にある塩坑に作品を運び込みましたが、環境の悪さから、何度となく移送先を変える事態に。輸送品の内容を偽って税関検査をやりすごしたり、夜陰に乗じて国境を越えたりするなど、決死の努力によって奇跡的に難を逃れたコレクションは、最終的に侯国の首都ファドゥーツに移送されました。

戦乱から66年ぶりの再公開、そして奇跡の日本公開へ

第二次世界大戦を目前にした1938年、侯爵家コレクションは公開が中止され、2004年にウィーンの夏の離宮で66年ぶりに再公開されるまで、ファドゥーツ城に秘蔵されてきました。例外的に、1985-86年にニューヨークのメトロポリタン美術館で開催された大規模なコレクション展によって、その豊かさが世界に知れわたり、日本でも長らく公開が待ち望まれてきました。

略年表

1136年 リヒテンシュタインの名が初めて文書に記録される
1608年 カール1世、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世より世襲侯爵位を授与され、最初のリヒテンシュタイン候となる
1699年 ヨハン・アダム・アンドレアス候、シェレンベルク領(現在の侯国北部)を購入
1712年 ヨハン・アダム・アンドレアス候、ファドゥーツ伯爵領(現在の侯国南部)を購入
1719年 シェレンベルク領とファドゥーツ伯爵領を併合した領土に対し、神聖ローマ皇帝カール6世が自治権を付与し、神聖ローマ帝国配下の領邦国家としてリヒテンシュタイン侯国が成立
1806年 神聖ローマ帝国解体。ライン同盟への加盟によって独立が承認される
1815年 ドイツ連邦に参加
1866年 ドイツ連邦解体、再び独立国に
1938年 リヒテンシュタイン侯爵家、ウィーンから侯国の首都ファドゥーツに移り、以後ファドゥーツ城を居城とする
2006年 独立200周年

© LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna

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