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東京コレクション2011秋冬 震災への思い込め 底力・脱原発・ぬくもり…

2011年5月23日12時37分

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写真:(1)ミキオ・サカベ拡大(1)ミキオ・サカベ

写真:(2)ミキオ・サカベ拡大(2)ミキオ・サカベ

写真:(3)アライサラ拡大(3)アライサラ

写真:(4)ソマルタ拡大(4)ソマルタ

写真:(5)ヒスイ (C)日本ファッション・ウィーク推進機構拡大(5)ヒスイ (C)日本ファッション・ウィーク推進機構

写真:(6)ケイタ・マルヤマ (C)日本ファッション・ウィーク推進機構拡大(6)ケイタ・マルヤマ (C)日本ファッション・ウィーク推進機構

写真:(7)ユキ・トリイ拡大(7)ユキ・トリイ

 大震災の影響でこの4月、個別に今年の秋冬コレクションを発表することになった東京の各ブランド。内容は多彩だったが、デザイナーらからは、社会とファッションをつなぐ強いメッセージの言葉が聞かれた。中には、震災や原発事故を想起させる作品もあった。    ◇

 東京・六本木の書店。買い物客も巻き込んで、ミキオ・サカベ=(1)(2)は底抜けの明るさと絶望的な暗さを対比させるショーを試みた。

 秋葉原で人気のアイドルグループ、「でんぱ組.inc」に着せたアニメの主人公そっくりのミニドレス。ピンクや水色のヘッドドレスをつけた彼女らが「萌(も)えキュンソング」を歌うと、男性ファンが「オタ芸」と呼ばれる独特の振り付けで応えた。一方で、暗い色調のルーズな服のモデルが亡霊のように歩く。服には、シュールレアリスム絵画をヒントにしたという「死んだ鳥」の模様も。

 縫製工場の被災や物流の停滞、計画停電、外国人モデルの帰国……。だが、デザイナーの坂部三樹郎はメッセージを伝えるためにはショーを開くべきだと判断した。「日本には、苦しい時でも明と暗をともに表現できる独自の文化がある。そんな伝統を生かした新しい価値観を創造していかなければいけないと思う」

 アライサラ=(3)は、湯島聖堂(文京区)を会場に、自然光の中で弦楽四重奏の生演奏に合わせて、革のドレスなどパーティーで活躍しそうな服を並べた。「勇将の美」をテーマに、デザイナーの荒井沙羅のルーツである中国と日本の文化の融合を試みた。京友禅の手描きの技を用いた植物柄は日本風だが、黒を基調に黄や緑を配した大胆な色使いは中国風といった具合だ。

 荒井は震災後、柄の金色を濃く塗り直すなど色の対比をより強めにした。「将軍たちは、どんな環境でも立ち上がる力を血の中に持っていた。日本文化の底力を感じて欲しかった」という。

 ソマルタ=(4)も大がかりな照明や音響をやめ、太陽光の入る部屋でピアノとバイオリンの即興演奏に変えた。枯れた花を模した飾りつきスカート、虫食い風穴あきマントなど、自然の変化を取り入れた。デザイナーの廣川玉枝は「電気がなければ表現できないのか、デザインって何だろう? などと改めて考えるきっかけになった」と語る。

 原発のある土地に印をつけた日本地図を描いたドレスを、ショーのフィナーレで登場させたのは、ヒスイ=(5)。デザイナーの伊藤弘子は「できることなら原発なしでやっていける日本になればという願いをこめた」という。

 ファッションの楽しさ、華やかさをあえてアピールしたブランドもあった。ケイタ・マルヤマ(丸山敬太)=(6)は渋谷区のレストランで、鮮やかな色の入念にめかし込んだスタイルを並べた。真っ赤な口紅のモデルは、一様に浮き浮きとした表情でハッピーな気分を振りまいた。ショー終了後も拍手が収まらなかった。

 ベテランのユキ・トリイ=(7)はデビュー50周年記念として女優らをモデルに2千人を招待する大規模なショーを予定していたが、本社での小さなフロアショーに変更した。温かそうな素材やオレンジとキャメルの組み合わせなどレディーライクな50年代調が軽やかだった。「こんな時だからこそ、ファッションの持つぬくもりや優しさを伝えられたら」と鳥居ユキは語った。

 (編集委員・高橋牧子、安部美香子)

 ◆写真は川瀬洋氏(ケイタ・マルヤマ、ヒスイをのぞく)

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