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〈はじめてのパリ・コレ〉特権の場 ネット中継で世界に

2011年8月31日10時20分

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写真:川上未映子さん=伊藤圭撮影拡大川上未映子さん=伊藤圭撮影

 何げなく着ている服も、形や柄などは最先端のファッションの影響を少なからず受けている。その最大の発信源、パリ・コレクションは最近、大きく様変わりしている。

■ツイッターで感想交わす

 長身のモデルたちが、最新の服を着て舞台を次々と歩くショー形式で、プレタポルテ(高級既製服)の新作を年2回、有力ブランドが一斉に発表するのが、デザイナーズコレクション。代表格がパリ・コレだ。

 シャネルやエルメス、ルイ・ヴィトンといった老舗ブランドから、日本のコムデギャルソンやヨウジヤマモトや各国の前衛派、実験的な若手など多彩な顔ぶれで、デザインの創造性が重視される。他都市でも同様の催しがあり、ミラノは流行の発信力、ロンドンや東京は若者ファッションが特色だ。

 パリ・コレはこれまで、世界の有力バイヤーやジャーナリスト、最上顧客しか直接に見ることができない特権的な場とされていた。

 それが、2年ほど前から変わってきた。ショーがネット中継され、視聴者と会場の観客などがツイッターで感想を交わしたり、モデルが着る服をネット予約できるようにしたり。ブランドと消費者が直接つながり始めた。元々「新しさ」が好きなファッション業界。凝ったサスペンス仕立ての演出や、映画撮影用のクレーン車つきカメラを使った中継も試みられている。

■巨費かけブランド演出

 婦人服のパリ・コレに参加するのはいま約100ブランド。秋冬物は3月、翌年の春夏物は10月に、それぞれ10日間ほどの日程で新作が披露される。セーヌ川沿いにいくつかメーン会場があるが、中には服の雰囲気に合わせて森やオペラ座を会場にするブランドも。

 それぞれのショーの所要時間は15〜20分。40〜80体、ほぼそのまま世界中で売られていく服が並ぶ。その値段は日本ではざっと7、8万円から数百万円だ。

 各ブランドは、舞台演出や音楽、ヘアメークに至るまで世界で最も旬といわれる優秀な「裏方」たちを起用する。かける費用は数千万円から数億円の場合もある。

 なぜそこまでするのか。

 ブランドイメージを向上させると共に、今後半年分のビジネスの行方を占う意味があるからだ。その内容いかんは、服だけでなく、バッグなどの小物や香水に至るまでの売り上げを大きく左右する。

■中心装置の地位に陰りも

 パリ・コレは、1910年代にパリの高級衣装店が年に2度同じ時期にそれぞれ新作を発表したのが始まり。当時は貴族や富裕層が対象のオートクチュール(高級注文服)だったが、60年代末から庶民でも何とか手が届く価格のプレタポルテが主流になり、女性が一人でも電車に乗れるような軽快で活動的な服が次々と発表された。

 20世紀中はファッションビジネスが右肩上がりの成長を続けた。パリ・コレはその中心装置としての位置をさらに高めた。

 しかし今世紀に入り、勢いに陰りがさしていた。長い不況による衣料消費の低迷や、安価なファストファッションの人気などが背景にある。世界中の至る所に裾野を広げるネット戦略は、その打開策の一つと言える。(高橋牧子)

〈読む〉

 『パリ・コレクション』(講談社現代新書)は、オートクチュールの成立から現代までの歴史を手際よく示す。『「パリ」の仕組み』(日本経済新聞社)は社会学者によるパリ・コレの意味と制度の分析が秀逸。

〈見る〉

 DVD「マーク・ジェイコブス&ルイ・ヴィトン〜モード界の革命児〜」(販売元日本コロムビア)は、コレクション製作現場のショー直前までのスリリングな内幕のドキュメンタリー。

〈楽しむ〉

 各地のコレクションは9月8日からのニューヨークを皮切りにロンドン、ミラノ、パリと続き、東京は10月16〜22日。多くのブランドや主催協会の公式サイトから、最新コレクションのライブや録画が見られる。

■アートだけど、遠くない 作家・川上未映子さん

 パリ・コレって、そこでしか見られない形とかふくらみとかがあって、本当に楽しめると思います。アートなんだけど、遠くない。でも、実際に現場に行きたいわけではない。不思議な存在感です。

 10代の頃、テレビのコレクション番組が好きでした。今はネットでパリ・コレのサイトを見ます。高いブランド物はあまり買いませんが、どこかでたかが物と思わないとダメという裏腹な気持ちから、時に買ったりします。物に飽きることに飽きて、大事に長く使うことが喜びになってきたのかもしれません。

 パリ・コレに関連した映画「プラダを着た悪魔」の中で、ベルト一つに大の大人がうるさく言うことに、主人公が笑う場面がある。すると、あなたが着ているその服は、こっちで一生懸命やった流れの果てにあるんだって言われる。自己満足かもしれない切磋琢磨(せっさたくま)が、末端までつながる。「何かを届けること」って難しいですけれど。

 純文学と違って、ファッションは、場として開かれている。実用性がなくても、コレクションはそこにあってくれるだけでいい。すごく刺激をもらいますから。

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